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  <title type="text">炎の眠り</title>
  <subtitle type="html">現在ワンピのマルエーマル。ルフィは世界の中心。
警告も予告もなしにWJネタばれ、エロ、その他飛び出します。
昔のはトライガンとか。</subtitle>
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  <updated>2008-01-30T21:44:03+09:00</updated>
  <author><name>いねこ</name></author>
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    <published>2013-06-02T23:05:13+09:00</published> 
    <updated>2013-06-02T23:05:13+09:00</updated> 
    <category term="週妄想とかひとりごと" label="週妄想とかひとりごと" />
    <title>拍手レス</title>
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
      <![CDATA[拍手チェックできていない時期があり、返信遅くなってしまいました。申し訳ありません。<br />
更新の遅いサイトにいつも無言でぱちぱちいただける方々にも尽きせぬ感謝を。<br />
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5/21　21時ごろのかた＞<font style="color:#ffffff;">お返事遅くなってしまってすみません。見てのとおりの鈍足極まれりなサイトですが、楽しんでいただけるものがあったなら嬉しいです。日々の忙しさにかまけてしまっていますが、見ていただける方がいる限りはどうにか頑張ろうと思っています。メッセージありがとうございます。力になります。</font><br />
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<br />
5/30　19時ごろのかた＞<font style="color:#ffffff;">長いメッセージをありがとうございます。こよいさまとの合作は違和感がないように苦心しましたので、そこを褒めていただけるとしてやったりでございます。あおいとりも、元ネタありのくせに遅々とした進行で恐縮です・・・シャンクスの職業に1週間くらい悩んだとかは、あまりにもアホすぎる理由なので内密にお願いします。エースに幸せになってほしい。ついでにマルコさんも幸せにしてやってほしいの一念で書いております。また気の向いた折にでもふらっと来ていただけると嬉しいです。重ねて、ありがとうございます。</font><br />
<br />
<br />
5/30　こ<font style="color:#ffffff;">よいさま＞いつもありがとうございます。無事届きましたというご報告も。ちらりちらりと読んで、なんというか、朗読してぇぇと叫びたくなる感じです。カラオケ行ってマイクもって朗々と吟じたい感じです。通報される。またお礼はあらためて。</font><br />
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]]> 
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            <name>いねこ</name>
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    <published>2013-05-30T01:17:38+09:00</published> 
    <updated>2013-05-30T01:17:38+09:00</updated> 
    <category term="OP" label="OP" />
    <title>あおいとりドロップ　７</title>
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
      <![CDATA[<div>
	<br />
	<br />
	<br />
	&nbsp;</div>
<div>
	&nbsp;</div>
<div>
	&nbsp;</div>
<div>
	センゴクの話は気になったが、明確に打てる手は何もなかった。懸念を抱えながらも、またいつも通りの日々に戻る。</div>
<div>
	エースは最近朝早く起きて朝食の準備を手伝うようになった。マルコは自分が寝汚い自覚はあるし、朝も苦手だ。一人の時は朝食など行きがけのコンビニで買って会社で食べていたが、エースがいればそういうわけにもいかない。ごはんと、前夜の味噌汁と、玉子の何か。スクランブルエッグにしたり、目玉で焼いたりで、間違っても玉子焼きなどできはしない。そのうちエースが保育園から得た知識を基にビタミンを要求するようになったので、果物か、サラダ的な何かが加わるようになった。最近の保育園は食育もしてくれるらしい。まったくありがたいものである。包丁やコンロはまだ扱わせられないから、エースの役目はもっぱら玉子をかき混ぜたり、レタスを千切ったり、そういうことだ。その間にマルコは玉子を焼いて、トマトやキュウリを切って、味噌汁を温める。</div>
<div>
	そうやっていつものようにニュースを眺めながら朝ごはんを食べていたら、思い出したようにエースが言った。</div>
<div>
	「マルコ、おれ、ほうちょうほしい」</div>
<div>
	「包丁？」</div>
<div>
	思わずオウム返しにすれば、こくりと頷く。</div>
<div>
	「&hellip;なんで包丁なんだよい？使ってみてぇのか？」</div>
<div>
	今度は首を横に振る。わけがわからず促せば、もぐもぐと噛んでいたごはんをごくりと呑み込む。</div>
<div>
	「おれがりょうりできたら、マルコがたすかるだろ？」</div>
<div>
	朝っぱらから腹にヘヴィな一撃だった。</div>
<div>
	「&hellip;&hellip;&hellip;&hellip;エース&hellip;」</div>
<div>
	「なに？」</div>
<div>
	そりゃ確かに朝は苦手な上に、料理も下手だし、上手くなるような努力もたいしてしていないが。</div>
<div>
	「子どもに生活力を心配させてどうするよい&hellip;」</div>
<div>
	不審そうに覗き込んでくる子どもの頭をぽんぽんと撫でて、気をとりなおす。</div>
<div>
	「まだ早ェんじゃねぇのか？」</div>
<div>
	「ほいくえんでもつかったことあるから、はやくない」</div>
<div>
	「そうかよい。&hellip;そりゃおまえが料理に興味があるってならいくらでも買ってやるけどよい。そうじゃないなら、せめてもっと好きなモンをねだれよい」</div>
<div>
	「でもおれほんとうにほしいんだ」</div>
<div>
	「&hellip;なら、まあ、子ども向けのヤツ探しといてやるよい」</div>
<div>
	「うん」</div>
<div>
	食事を再開するエースはこころなしか満足げだ。あまり欲しいものを言わない子どもだから、叶えてやることに否やはない。別に金銭に困っているわけでもないから、もっと言えばいいと思う。男子ならそれこそ、サッカーボールや野球道具、携帯ゲームなどいくらでも欲しいものもやりたいこともあるのではないか。さすがにすべてを買い与えるつもりは毛頭ないし、甘やかすのも無理強いするのもまずいとは思う。しかし、やはりそれでも、いきなり料理道具というのもどうだろうか。</div>
<div>
	いつも通りにエースを園に送り届けて、いつも通りに仕事をこなしながらも、一度気になるとつい考えてしまう。さらに職場の子持ちの同僚と無駄話ついでに聞いてみれば、返ってきたのは割と想像を絶する世界である。つまり、野球やスイミングなど序の口、英会話教室や、ピアノやバレエやダンスや劇団や&hellip;、そういうことだ。もちろん、聞けば熱心なのは母親の方で、子どもも男よりは女子の方がそういった熱が高いらしい。</div>
<div>
	「&hellip;最近のこどもは大変だよい」</div>
<div>
	「まったく。煽られる子どもの方がいい迷惑」</div>
<div>
	誰にともなく呟いたら、背後から涼しい声で返答があってマルコは思わず飛び上がった。</div>
<div>
	「ベイ、あんたか&hellip;。驚かすなよい」</div>
<div>
	通称・開発部の氷の女帝が、相変わらず小柄な体を高いヒールで嵩上げしてマルコに向かって嫣然と笑った。マルコとは同期になる彼女は元は同じ営業部で、結婚・出産して開発部に移動した。完全に男社会だったこの会社に、産休と復帰と時短勤務という概念を持ち込み、誰にも文句を言わせない業績を上げる女傑である。</div>
<div>
	「マルコ、さ来週の営業部飲み会、行くわよ」</div>
<div>
	「いきなりなんだよい」</div>
<div>
	嫌な話題が出てきてげんなりと返す。</div>
<div>
	「もともとアンタの送別会だったンでしょう？聞いたわよ。あっさり断ったって」</div>
<div>
	「独り身のガキ持ちを飲み会に誘う方が無茶だよい」</div>
<div>
	数日前ハルタが持ってきた話だったが、その場で断った。さらにマルコがエースを引き取ってから一度も飲み会に参加していないことを聞いて驚いていた。同情するような目を向けられたが、子どもがいるなら当たり前のことだし、言うほど不便でもない。それを若い同僚に想像しろというのも難しいのかもしれない。</div>
<div>
	「だから、アタシもウチの子を連れてくるから、アンタも来なさいっていうこと」</div>
<div>
	「何で課の違うあんたが出てくるんだよい。自分が飲みてェだけだろ」</div>
<div>
	「悪い？」</div>
<div>
	ベイの子どもは確か四歳だったか。もとは相当な酒豪だった女である。子育ても一段落してたまには飲みに行きたいというのもわからなくはないが。</div>
<div>
	「大丈夫、座敷にしとけって言っとくし。あんたも同僚の恨み言のひとつやふたつくらい聞いてやんなさいよ」</div>
<div>
	笑い含みのベイの言葉に溜息をつく。マルコが急に抜けて、古巣がてんやわんやなのは聞き及んでいる。イゾウやビスタあたりが嫌味のヴァリエーションを用意して手ぐすね引いているのはわかっているのだ。ベイを巻き込んだのもどうせ彼らに決まっている。</div>
<div>
	「&hellip;わかったよい。ただし、エースに聞いてからだ。嫌だって言ったらこの話はなしだよい」</div>
<div>
	「わかったわよ。アンタもすっかり保護者ね。エース君か、会うの楽しみ」</div>
<div>
	禁煙の店選んでおくわ、と言い残して立ち去るベイは、既に行く気満々のようだった。思い出せば、彼女が妊娠するまでは良く飲み、互いに仕事のことでも何でも話していた。しかし、ここ数年は時間も合わず、話題も合わなくなってしまい話す機会すらなくなっていた。</div>
<div>
	それがこうして思いもしなかった共通項として持つことで、再び認識を共有するようになっている。可笑しな気分だった。むしろ若い同僚の話す言葉の方が、今はもう食い違う。彼らに禁煙の店を選ぶような発想はないだろう。</div>
<div>
	むろん誰かが変わったわけでなく、マルコの視点が変わっただけなのだ。エースといれば今まで見えていなかったものが見えてくる。それは多分独り身で気楽に酒を飲める立場より得難いものだった。マルコはほんの数か月での自分の変わりようを少し笑って、せっかくだからエースの可愛さを独り身の野郎どもに自慢してやろうと決めた。</div>
<div>
	&nbsp;</div>
<div>
	珍しく早めに保育園に迎えに行って、すれ違う余所の母親たちの会話を聞くともなしに聞いていれば、またぞろ習い事の話なぞを思い出す。始めるなら早い方がいいなんて話が聞こえてくればなおさらだ。それでなくとも周囲から浮く身を若干縮めていたら、自分以上に周囲から浮きまくっている人間を見つけてマルコは目を丸くした。</div>
<div>
	「おやァ、珍しい」</div>
<div>
	珍しいのはアンタだよい、とは口にせずに、マルコも苦笑する。シャンクスと名乗った男は、左目にかかる三本傷を歪ませてにっかりと笑った。</div>
<div>
	保育園という空間の中で、野郎でかつ平均以上に上背があるということは邪魔なことこの上ない。それが二人もそろえば尚更だ。ということで、お互い被保護者を拾うと、早々に退出することになった。相変わらず動物のようなルフィという子どもとエースが、まるで仲の良い兄弟のように手をつないで歩くのが少し眩しい。</div>
<div>
	「いやあ、珍しく仕事が早く終わってさ、たまに早く来たらほかのガキどものが泣くわ喚くわ」</div>
<div>
	海賊が攫いに来たーって言われちゃってさ、ガハハと大口を開けて笑う。</div>
<div>
	「そりゃア&hellip;無理ねェよい」</div>
<div>
	園児にとっては朝早くに預けに来て、夜遅くに迎えにくる人間を知らないのも無理はない。さらにおそらくルフィがずっと自分の保護者のことを「カイゾク」だと公言しているのだろう。身長百八十センチを超える大男が派手な傷と片腕とチンピラシャツで現れたら、大概の子どもは泣くのではないだろうか。</div>
<div>
	「アンタ、どうせ悪乗りして脅したンだろい」</div>
<div>
	「ハハッ！保育士さんにスゲー怒られた！怖ェのなんの」</div>
<div>
	半身を揺らして笑う。以前もそうだったが、ずっと笑っている印象のある男だった。仕事が早く終わったと言っていた。どんな仕事なのか想像もつかない。</div>
<div>
	「あんた、仕事は何をやってる？」</div>
<div>
	「当ててみてくれ」</div>
<div>
	何の躊躇もなく返されて、言葉に詰まる。これは答える気がないということだろうか。真意を測りかねて顔を覗き込めば、ルフィという子どもと同程度にはキラキラしい目がマルコを見返している。とても同年代の同性とは思えない。思わず呆れてしまった上に、それをあからさまに表情に出してしまったとしても、とがめられはすまい。多分、そんなことを気にするタマではない。</div>
<div>
	「&hellip;作家。あるいはそれに類するモノ」</div>
<div>
	「ブッブー！」</div>
<div>
	「&hellip;在宅のトレーダー、か、プログラマー」</div>
<div>
	「違うよーってか、何で在宅！」</div>
<div>
	「その恰好で通勤はねェだろうよい」</div>
<div>
	まあ、本当を言うと、体つきからして椅子に座る職業ではないだろうとは思う。ヤクザかと聞きたいところではあるが、包み隠されもせずにそうだと言われたらそれはそれで困る。ただし、ドフラミンゴやミホークのような裏社会臭がしないのも確かなのだ。拘束時間が長くて見るからに怪しい人間が務まる堅気で在宅でない肉体系の仕事ってなんだ。</div>
<div>
	考え込んでしまったところに解答をくれたのは、前を跳ねていた子どもだった。</div>
<div>
	「シャンクスのしごとはぼうけんすることだぞ！」</div>
<div>
	振り向いた顔が実に誇らしげだった。ルフィと手をつないだままのエースがぽかんと「ぼうけんか？」と繰り返す。マルコもまったく同じ気分だ。ぼうけんかって、冒険家、かまさか。</div>
<div>
	「あ、ルフィ！ばらすな馬鹿！」</div>
<div>
	「&hellip;そりゃあんたのほうがばらしてるよい」</div>
<div>
	冒険家。ちょっと茫然とする。知識としてそれが存在する職業であることは知っているが、生モノを見るのは初めてだ。クック、アムンセン、ナオミ・ウエムラ。子どもの頃、読んだ物語を思い出す。誰もが一度は夢想する。それを果たせる者は限りなく少ない。やみくもに興奮が湧いてきて「凄いな」と呟く。</div>
<div>
	「あんた、凄いな。何処に行くんだ？海か？それとも山か？道理でやたら鍛えてるはずだよい」</div>
<div>
	そうであればこの浮世離れした風情にも、そのくせ裏の臭いがしないことにも説明がつく。ひどく納得した勢いで聞けば、男の方が目を丸くした。</div>
<div>
	「あ、信じてくれんの？うぉすげェ！！一発で信じてもらえたの初めてだ！」</div>
<div>
	絶対、最初は冗談か詐欺師か頭のおかしい人間の三択なのにな。腹を折って笑いだすから思わずムキになる。</div>
<div>
	「言われてみりゃあんたは、それか海賊にしか見えねぇよい」</div>
<div>
	「ハハハ、まァそうさ。海賊と冒険家なんざ、百年前までは一緒のモノさ」</div>
<div>
	笑いすぎでにじんだ目元をぬぐって、今だって、とシャンクスは続ける。</div>
<div>
	「冒険家ってカッコつけたって、九割がたは地味に資金集めだ」</div>
<div>
	大げさに嘆いてみても、目が誇りと自信に満ちている。そこに浮かぶ不遜なほどに強い光に思わず惹きつけられる。</div>
<div>
	「でもあんたほんとに変な人だな！すげェいいよ！嬉しいな、なァ、あんたもおれたちと一緒に行かないか？！」</div>
<div>
	満面の笑みだった。そのくせ凄みのある眼差しでマルコを射抜いて片手を広げる。片手、と片方の肩を。中身のない袖がひらりと揺れて、マルコは不意に言葉を失くした。</div>
<div>
	「シャンクスのアホ！！いっしょにいくのはおれだってやくそくしただろ！！」</div>
<div>
	ルフィの大声で我に返った。そこは陽の落ちた住宅街で、いつの間にか腕にはエースがくっついている。跳びかかったルフィをじゃらしながらシャンクスはふいと微笑んだ。</div>
<div>
	「そうだな。おまえを宝島に連れて行ってやるんだった」</div>
<div>
	まるっきり子どものようにくしゃりと表情を崩せば途端にまとう空気が変わる。</div>
<div>
	「だけどなぁルフィ、おまえカナヅチのまんまじゃあ海には出れねぇぞ？」</div>
<div>
	「そんなの！すぐおよげるようになるっていっただろ！！」</div>
<div>
	「そういっておまえ全然ダメじゃーん。やーいカナヅチルフィ」</div>
<div>
	子ども相手に大人気なくべろべろばーをする推定年下の男に、うっかり見惚れたとは死んでも認めたくないことだ。溜息をついて、無言でくっついているエースに手を差し出せば、小さな掌が強い力で握り返してくる。無難な平和的な話題を探して、そういえば今日一日一番の懸案だったはずのことを聞いてみる。</div>
<div>
	「あー&hellip;、あんたもスイミングスクールとか、通わせてるのかよい」</div>
<div>
	「まっさかー」</div>
<div>
	まあ、そうだろうな、と聞くまでもなかった回答に頷く。この「親子」が習いごとなぞに悩むわけがない。自らの懊悩が実にちっぽけすぎて溜息が漏れる。</div>
<div>
	ルフィを肩車にして片手で器用に支えてシャンクスが振り向く。</div>
<div>
	「だってマルコ、考えてもみろよ。こいつらどうせスグに『親』なんかいらなくなるんだからさ。今ぐらいはうんざりするぐらい一緒に遊んでくれたっていいじゃんか」</div>
<div>
	すーぐにうぜーとか、だまれーとかいっちょまえに言い出すんだぜ？シャンクスの肩の上で何も知らず笑い転げている子どもも、マルコの手を絶対的な信頼で握り返してくれる手も、またたくまに大きくなって、さびしいほどにあっけなく離れていく。それは当たり前のことで、それがさびしいのも当然のことで、ならば、確かに今ぐらいうんざりするほど一緒に居てもいいのかもしれない。</div>
<div>
	「ダメな大人だよい」</div>
<div>
	「まったくだ」</div>
<div>
	とりあえず、子ども用の包丁だけは週末に買いに行こう。それだけを決めてマルコは余計な煩悶をやめにした。幸せは子ども自身が決めるものだと、胸のうちで繰り返した。</div>
<div>
	&nbsp;</div>
<div>
	&nbsp;</div>
<div>
	&nbsp;</div>
<div>
	営業部飲み会は、エースがすんなりと頷いたことで参加することと相成った。初対面の相手には警戒をむき出しにすることが多いから意外にも思ったが、どうやら興味の方が勝ったらしい。思い返してみればいつもそんな感じだから、あの派手な威嚇はあるいは好奇心の裏返しなのかもしれない。</div>
<div>
	指定された店はベイの予告通り座敷席が多く料理の旨いことで定評のある和食居酒屋だった。場所も会社とマルコの家の中間あたりに設定してくれているのが有難い。一度退勤してから保育園にエースを迎えに行き、現地で集合する。エースにはとりあえず酔っ払いに絡まれたら容赦なく噛みつけと言ってある。</div>
<div>
	居酒屋の喧騒の中でも、ひときわ喧しい集団がマルコとエースを目ざとく見つける。</div>
<div>
	「お、主賓が来た！」</div>
<div>
	「遅れたよい」</div>
<div>
	十数人の大人に一斉に注視されて、握ったエースの手がわずかに強張る。しかし、すぐにぎゅっと力が入って、無遠慮な視線に臆することなくパカリと口を開いた。</div>
<div>
	「コンバンハ」</div>
<div>
	むしろ喧嘩を売る気概であったと、のちに評された。</div>
<div>
	「おれのなまえはエースです。マルコがいつもおせわになってます。これからも、よ&hellip;よろしくおねがいします」</div>
<div>
	マルコが思わず天を仰ぐのと、むくつけきどよめきが居酒屋を揺らすのは同じだった。</div>
<div>
	「おい、なんだずいぶん出来たガキじゃねぇか」</div>
<div>
	「オレぁマルコがガキを拾ったって聞いたんだが、逆じゃねぇのか」</div>
<div>
	「いやいや、ありゃすいぶんイイ眼光をしてやがる。見ろ、下手を言おうモンなら噛みついてやるって面してらァ」</div>
<div>
	「マルコ、テメェこんなガキんちょにどういうしつけをしてやがる！」</div>
<div>
	「テメェらうるせぇよい！」</div>
<div>
	蜂の巣をつついたような騒ぎを古参の権威で黙らせる。とりあえず端の席を確保してエースの防波堤になってはみたものの。思わず小声で確認をとる。</div>
<div>
	「エース、あれァ誰から教わったよい」</div>
<div>
	「ルフィがシャンクスに教えてもらったって」</div>
<div>
	「&hellip;&hellip;」</div>
<div>
	あの浮世離れの極楽トンボめ。</div>
<div>
	いささか酷な評価であるとわかっているが思わずにいられない。保育園では家の事情など筒抜けであることはわかっていたものの、いちいちそれに伝言を寄越してくるか。</div>
<div>
	「まさか&hellip;ほかにも、教わったことがあるのかよい」</div>
<div>
	「うん。だれかにマルコにかのじょがいるかってきかれたら、おれがろうごのせわをするよていですっていえって」</div>
<div>
	「あのクソガキ&hellip;エースそれ間違いだから絶対言うなよい」</div>
<div>
	「そうなのか？」</div>
<div>
	こそこそと話している間にも、マルコにはビールが、エースにはオレンジジュースが回ってくる。念のため匂いを嗅いで酒でないことを確認してから、エースに手渡す。</div>
<div>
	「信用されてないねェ」</div>
<div>
	どっかりと長い髪の男が隣に座りこむ。</div>
<div>
	「当たり前だよい。てめぇらの悪ふざけは度が過ぎる」</div>
<div>
	「エースくん？よろしく～。このオッサンの元同僚のイゾウでェす」</div>
<div>
	両手を可憐に組んで笑う、整った美貌は一見女にしか見えないが、声はドスの効いた男のものだ。エースが初めてみる種族に目を白黒させている。</div>
<div>
	「エース、こいつにオカマって言うと殺されるから気をつけろよい」</div>
<div>
	「テメェが言ってンじゃねェかよこのクソハゲ」</div>
<div>
	「&hellip;イゾウ、子どもが怯える」</div>
<div>
	「おまえの図体の方が怯えンだよ。だいいちビビるようなタマじゃねェだろ。見ろ、この目」</div>
<div>
	「なあ、エース、マルコにちゃんと飯食わせてもらってる？変なことされてねぇ？マルコってかのじょ連れてくる？」</div>
<div>
	「あんたら、酔っ払いがカラむんじゃないわよ」</div>
<div>
	「ベイ、いいとこ来たよい。助けてくれ」</div>
<div>
	ベイの子どもがよたよたと歩いてエースに手を伸ばしてくる。大勢の中で人見知りしない子だ。エースが思わずというように抱き留めて、それを見た周りの大人がやんやと囃す。</div>
<div>
	「いい子じゃないの、マルコ」</div>
<div>
	「当たり前だよい」</div>
<div>
	一斉に向けられた周囲の生温い視線は、反論する気もないので柳に風と受け流す。</div>
<div>
	注がれる酒を適当に飲んで、冗談まじりの恨み言に大人しく相槌をうつ。エースはベイの子どもと一緒に数人の面倒見の良いメンツに囲まれて、あれこれ話しかけられるのに素直に答えている。自分より幼い子どもがいると、途端に大人びるのが可愛いものだ。エースは同世代の中や年上の人間の中では気性の烈しさばかりが目立つ。保育園のクラスでも喧嘩は絶えず、しょっちゅう誰かを泣かせている。泣かせる理由もさまざまだが、エースから手を出すことが多いうえに、謝りも言い訳もしないらしい。そのくせ年齢が入り混じる延長保育では不思議とトラブルが少ない。おかげで保育園の先生たちの評価は――直接言われたわけではないが――難しい子どもだと思われているのが七割。気難しいが年下想いのしっかりした子どもだと思われてるのが三割というところだ。マルコにしてみれば、口下手で喧嘩早くて年若い者を可愛がるのは、そのまま、「白ひげ」と呼ばれ希代の侠客とされたじいさんの気質だった。例え血など繋がっていなくとも、それこそがじいさんの子どもの証だった。それだけで誰に頭を下げるのもかまいはしなかった。</div>
<div>
	「マルコ」</div>
<div>
	「&hellip;&hellip;なんだよい」</div>
<div>
	ぐるりと宴会を回ってきた元同僚が再びどっかりと隣に座りこんでくる。握った一升瓶を傾けるのを片手で遮る。飲みすぎれば子どもを連れて帰るのは大変になる。にやりと片頬だけ歪めてイゾウは瓶を引っ込めた。</div>
<div>
	「すっかり親バカの顔をしてンじゃねぇか」</div>
<div>
	「それはもうあちこちで言われたよい」</div>
<div>
	「らしくもねェ」</div>
<div>
	「そうでもなかったってコトだろ」</div>
<div>
	「馬鹿言うな」</div>
<div>
	ばっさりと切り捨てられて、笑ったままのイゾウの顔を見返す。</div>
<div>
	「テメェみたいな仕事馬鹿が、こんなの長く保つわけがねぇ」</div>
<div>
	「&hellip;九時五時で帰る生活も存外悪くないよい」</div>
<div>
	「物流部門から改善要求と提案が馬鹿ほど増えたって社長がぼやいてたとさ」</div>
<div>
	「給料分の仕事してるだけだろ」</div>
<div>
	「あそこじゃ何もできやしねェさ。十年経ってガキがテメェのことなんざいらなくなったとき、テメェはどうするつもりだ。今の部署じゃキャリアなんざ無い。ウチが終身雇用の殿様会社じゃねェことは分かってンだろう」</div>
<div>
	営業部随一の美貌を歪めて短く鼻をならす。</div>
<div>
	「さっさと誰かに押し付けろ。さもなきゃ結婚でもして女に面倒見させろ。テメェの能力は買ってンだ。ここじゃ三年現場を離れりゃ使いモノにならなくなる。早く戻ってこい」</div>
<div>
	イゾウの言うことは嘘ではない。トレンドが目まぐるしく入れ替わり、パターンも素材も色も微妙に、そのくせ致命的に変わっていく業界では、一線を離れて感を鈍らせることは最悪だ。会社は若く小さく無用な人間を置いておく余剰はない。少なくとも年を食えば体力では若者には勝てない。マルコが五十になって体力がおちれば会社としては、若い人間を安く採用してマルコの首を切る方が賢明だ。</div>
<div>
	「&hellip;そうならねぇためにあれこれしようとしてンだけどな」</div>
<div>
	「ずいぶん余裕な話だ」</div>
<div>
	「おまえの言い分はわかるけどな」</div>
<div>
	冒険家だと名乗った男をちらりと思い出す。片腕で冒険家でそのうえ子持ちだ。どうやって食っているのかもわからないが、少なくとも人生を楽しんでいるように見えた。あれを見ていると悩むのが馬鹿らしくなる。</div>
<div>
	「おれは、そこを考えるのはもう止めたンだよい」</div>
<div>
	&nbsp;</div>
<div>
	紹介すんなら嫁か転職先にしてくれと口の悪い友人の肩を叩く。イゾウは無言で酒を呷って、それ以上は言わなかった。</div>
<div>
	子持ちの予定にあわせた飲み会は早々にお開きになり、帰り道をエースと歩く。エースはなかなかに上機嫌に過ごせたようで、半分眠そうにしながらも一生懸命、誰がどんな話をしてくれたのか報告してくれる。結局「マルコのろうごのせわ」云々は言ってしまったらしい。「おれ、りょうり、がんばってつくるから」と意気込むのは、いったい何をふきこまれたものやらと心配になる。</div>
<div>
	それでも、エースはきっと料理はできた方が良い。今でも身の回りはできる方だとは思うが、洗濯も掃除もひととおりできた方が良いだろう。十年後、ガキに必要とされなくなったときにどうする、とイゾウは言ったが、きっと、早々に反抗期を迎えて、十年と少し後にはとっとと自立した方がエースのためにとっても良い。マルコは自分の老後の世話などエースにさせるつもりは毛頭ない。</div>
<div>
	「日曜日に、包丁、買いにいくかよい」</div>
<div>
	「うん！」</div>
<div>
	話しかければ満面の笑みが返る。十年後はさぞかし生意気になっていることだろう。仕事をないがしろにする気はない。だけど今はそれより優先しなければならないものができてしまった。少なくともマルコの十年のキャリアよりは、エースのこれからの十年の方が重いはずで、自分のキャリアなんぞ、そこからもう一度積みあげれば良い、ただそれだけだった。</div>
<div>
	&nbsp;</div>
<div>
	&nbsp;</div>
<div>
	<br />
	<br />
	<br />
	<br />
	<br />
	&nbsp;</div>
]]> 
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    <published>2013-04-21T22:43:22+09:00</published> 
    <updated>2013-04-21T22:43:22+09:00</updated> 
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    <title>アルコールとセックスと猫、そして彼をめぐるいくつかの謎　８（完結）</title>
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      <![CDATA[&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
八　話<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
　深夜の繁華街の片隅でひっそり行われた銃撃戦は、数発の発砲がなされたにも関わらず翌日の新聞やテレビをにぎわすことはなかった。<br />
　五日後に、とある週刊誌が「闇の銃撃戦」と題してすっぱ抜いた。そこには弾痕も生々しい破壊されたた店内と、多量の液体がこぼれた痕跡とみられる写真が掲載された。さらに、独自の調査により同店のバーテンダーとみられる男性が某病院で死亡していたことを報じた。記事はいくつかの暴力団の関与を推測し、事件に気がついてすらいなかった警察の無能さを嘲笑い、銃の蔓延する悪夢を嘆いて終わった。同日にはネット上に要約されたニュースが配信された。<br />
　面子を潰された警察が同店に踏み込んだときには、被害者も加害者も既に影すらなく、両隣の店長は―――事件当時そろいもそろって店休日だったという―――知らぬ存ぜぬを貫いた。事実彼らは、死んだバーテンダーの経歴はおろか名前ひとつ知らなかった。<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
　事件が発覚してからしばらくの間、現場となったバーは警察の封鎖下に置かれた。荒れた店はさらに捜査という名目で荒らされ、暴力団の銃撃戦が起こった場所として、しばらくはマスコミや野次馬が張り付いていたが、やがて銃の痕跡以外何も収穫がないとわかると来たときと同様に速やかに引き上げていった。<br />
　主のいないまま捨て置かれた店は、日増しに荒んでいった。アンティークな炎を象った表の看板は割られ、酔っ払いの捨てるゴミが散乱した。重い樫の扉にシンプルに掲げられた店名を、控えめに照らしていたピンスポットも壊されていた。ただあの日から「ＯＰＥＮ」のままぶらさがった札だけが、彼を迎えてくれるようだった。<br />
　彼は、しばらくためらったのち、もう一度ぐるりと周囲を見渡して人の姿のないことを確認した。繁華街の中でも人気の少ない場所だった。日付を越えた深夜なら尚更。周囲の建物も含め隠れ潜める場所は知悉していた。事前にしらみつぶしに確認した。数日前まで張りついていた監視の目も今はなかった。<br />
　―――鍵は開いていた。<br />
　彼は腰に手を回したまま肩で扉を押した。夜闇に慣れた目で、わずかな隙間から奥をうかがう。人の気配はない。暗く沈んだ室内にひっくり返ったテーブルが見える。割れた瓶の破片が入り口まで飛散している。荒れた店内にするりと踏み出して、弾かれたように銃を構える。<br />
扉の死角に、ぽつんと灯ったキャンドル。銃口の先でひらひらと招かれた手に、青年の動きが止まる。カウンターの中からもう一人、気配を感じさせなかった男が場違いに穏やかに囁いた。<br />
「いらっしゃいませ」<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
　咄嗟に踵を返そうとしたエースの足元にタウザーが絶妙のタイミングで擦り寄る。完全に機を逸して困り果てたエースにサッチが笑ってこいこいともう一度招く。<br />
「往生際が悪ィぜエース」<br />
　銃口はまだこちらを向いている。視線がサッチを見て、猫を見て、マルコを見る。迷うような銃口と視線から背を向けて、マルコは半分ほど割れた酒壜の列の間からジンを取り出す。クーラーからグレープフルーツジュース。カウンターの中からマラスキーノ。シェイクしてグラスに注ぎチェリーを飾る。それでもまだ動かない野良猫にふと息を吐く。<br />
　おいで、と。いつかの仲直りの時のように。「死んでねぇから」<br />
　ビクリと肩を揺らして、エースはのろのろと銃を下ろす。タウザーが足元を離れ、優雅に歩いてスツールの定位置に座る。促されるようにエースが近づいて、タウザーとサッチの間に潜り込んで、眉をしかめた。<br />
「&hellip;椅子、がたがた」<br />
「てめェが壊したんだよい」<br />
「そうだっけ？」<br />
　なかなか手を出さないのに焦れてグラスを押しやれば、少し躊躇ってからようやくそっと引き寄せる。薄い縁に口付ける。唇を舌で湿して、猫のように目を細める。<br />
「美味い」<br />
　知らず笑みがこぼれた。「そりゃ良かった」<br />
　エースが目を見開いて、ぐっと顔中を歪めて、すぐにくしゃっと笑った。「ただいま」<br />
　おまえらおれをおいていちゃつくんじゃねえ！間髪いれずにサッチがわめく。おかげでマルコは胸に迫り上がった感情を無様に晒さずにすんだ。でなければ――泣いていたかもしれない。<br />
　大げさに嘆き騒ぐサッチの脇腹にエースがグラスを持ったまま肘鉄をきめる。真っ赤な顔を誤魔化すように喚く。<br />
「サッチの阿呆！いちゃついてなんかねぇよ！」<br />
「え？そこ？よりによってその返しなの？！」<br />
羞じらう仕草にしては強力すぎる一撃にサッチがスツールの上で悶絶する。途端にぎゃあぎゃあと騒ぎ立て始めた二人から、呆れたという風情でタウザーが離れる。それを見てマルコは笑った。久方ぶりに声をあげて笑った。<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
　エースに撃たれた後、マルコが意識を取り戻したとき、感じたのはまた死に損なったということだった。いつの間にか来たのか、しけた面をしたサッチと無表情のイゾウが覗き込んでいた。容赦なく痛む肋骨に耐えて起き上がれば、胸の下には血の代わりに赤い酒の水溜まりが広がっていた。匂いからすればカシスリキュール。その中に転がる、弾頭―――鉛ではない、硬質な素材の何か―――を拾い上げればだいたいの事情は、その場にいる誰もが悟った。<br />
店を見張っていたイゾウの手勢の報告によると、まずはチンピラが店から転げるように逃げ出し、その後に現れたエースは、駆け寄った彼らに一発だけ威嚇射撃をして逃げたとのことだった。何の悪運が働いてか、店休日だった両隣のおかげで、あれだけ騒いだにも関わらず警察が駆けつけることはなかった。イゾウとサッチの手を借りてエースの指紋と、一発だけのトカレフの弾丸を回収する。知り合いの闇医者で折れていた肋を処置してもらう間にも、不思議と怒りは湧かなかった。<br />
　エースは、何もかも最初から仕組んでいたのだ。マルコの銃を受け取ったとき、―――間抜けにも自分から渡したが、貸せといわれたら渡していただろう―――残弾を確認していたのではなかった。おそらく、仕掛けのある弾の入った弾倉ごと入れ替えた。ご丁寧に二発目から仕込んだ弾倉と。そうしてエース自身につく監視を引き連れて来た。<br />
酒壜の位置と立ち位置を計算して。マルコをベレッタで撃つのと同時に、自分で持っていたトカレフで酒壜を弾く。零れた酒が意識を失って倒れたマルコの周囲に広がり、かくて死体の出来上がりというわけだ。言えば簡単だが、まごうかたなき神業だ。襲撃者の目から銃を隠して、左右完全に同時に撃つ。銃声を銃声で消して。目的の壜を精確に弾いて意図した場所に、意図した状態で飛ばす。弾痕の位置がそれを示唆していたが、エースの出自を知っていてもにわかに信じられるようなことではない。しかし実際に、襲撃したチンピラの報告から「不死鳥」は死んだことになっているらしいと後ほど聞いた。<br />
　そこまで完璧にやり遂げて、エースは消えた。<br />
　まがりなりにも自分の属する組織を騙したのだ。恐らく戻る気はないのだろうとサッチが嘆いた。真顔でかぶりを振って馬鹿なガキだとイゾウが呟いた。その声にわずかに感嘆の響きが混ざっていた。だからマルコは賭けに打って出る気になった。イゾウを説き伏せてその足で「白ひげ」の元を訪ねた。猫の心中を慮ってそのまま逃がしてやる気など欠片もなかった。<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
「あんたが死んだってネットで見て。そんなはずないと思ったけど、肋骨ぐらいは折れただろうし、動けないところに新手が来たのかもしれないって思ったらいてもたってもいられなくなった」<br />
　酒を舐めながら、ぽつりぽつりとエースが話す。あの記事は誤報？と聞くので、まさかと答えた。「まさか。オヤジの伝手で情報と引換に少し間違えてもらっただけだよい」<br />
スクープ記事との引換に、若干の誤情報。次の号の片隅には小さく訂正とお詫びの記事が載るだろう。<br />
「&hellip;&hellip;やっぱりあんたは嘘吐きだよな」<br />
　わかってたのにと口惜しそうに零す。サッチが同情するように馴れ馴れしくエースの肩を引き寄せる。<br />
「おまえ、こいつの二つ名知ってるだろ」<br />
「『不死鳥』？」<br />
「そうそう。こいつは殺しても死ぬようなタマじゃねぇの」<br />
「おれが名乗ったわけじゃねェよい」<br />
「そっか&hellip;。でも本当で良かったよ」<br />
「&hellip;&hellip;&hellip;&hellip;」<br />
　この青年は、まったくもってオッサンを絶句させるのが上手い。一拍置いてうりうりとエースの頭を撫でるサッチを隠れ蓑に、マルコは俯いて強いて無表情に二杯目を作り始める。大人二人の無言と葛藤を気にすることもなく、エースは言葉を続ける。<br />
「あんたのことは、話でだけは知ってた。でも当人だって気付いたのはベレッタ見たときが最初」<br />
　あんたの視線が何もしてないときに、いくつかの場所に行くのに気付いてた。何か隠してんだろうって探したら案の定だった。タダモノではないと思ってたけどさ、まさかそんな大物釣ってたとは思ってなかったと、ニヤリと口の端を歪める。<br />
「でも、そうだとしたら、さすがにやべェと思って。おれ見張られてんの知ってたし、ここが実質『白ひげ』の持ち物だってのも調べがついてたから、このままだとあんたの正体もばれちまうと思った」<br />
　やんなきゃいけない仕事もあったし、と、小さな声で言い添える。<br />
「戻んねェつもりだったけど、急にあんたの居場所の情報が回り始めて。的外れのものあったけど、ここも話に出てた。だから急いで戻ってしばらく見張ってた」<br />
　マルコがエースの失踪に焦燥にかられていた間、彼は以外にも近くにいたらしい。動揺を見られていたわけでもあるまいが、何となくいたたまれない。<br />
「そうしてたら何だか知らないけど、いきなり店の周りにいたチンピラが減って、チャンスだと思ったんだ」<br />
　サッチが北海道で暴れてきたときのことだろう。リーゼントを横から突きだして、サッチがさかんに主張する。<br />
「それおれ、おれのおかげね」<br />
「うるせェよい。もともとてめェが騒いだせいで集まったようなもんだよい」<br />
「そうなんだ？でもやっぱり最初はおれのせいだろ？&hellip;あんたが身ィ隠してるなんて知らなかったからさ。ごめんな」<br />
「おれも油断していた。&hellip;おまえは悪くないよい」<br />
「&hellip;なんかさ、おれとで態度違いすぎない？ねぇ」<br />
　いじけるサッチを放っておいて、エースの三杯目はマルコの血の代わりになったクレーム・ド・カシスに白ワイン。少しだけ甘めにつくる。照明を壊していたとは言え、よくこんな甘い香りで騙されてくれたものだ。もっとも、あの場に溢れていた血臭と硝煙にまぎれてしまったのかもしれない。フルートグラスを差し出せば、エースも可笑しくてたまらないというように破顔した。そのまま、あぁ、と呟く。<br />
「あんたの無事もわかったし、おれ、このあとどうしようかな」<br />
猫のように背伸びをして、からりと晴れやかに笑う。自らの組織を裏切って、さらに「白ひげ」からも追われている人間の見せる明るさではない。なのにそれはひどくエースらしいと感じる。<br />
生まれたときから裏切り者だったとサッチが言っていた。悪党の父親と警官の母親が、共に属する世界を互いのためだけに捨てた。その子どもはどこに属していても、どこにも身の置き場のない人間になってしまった。<br />
その上、それでもエースはかろうじて立っていた足場を今度の騒ぎですべて外してしまった。ひどく不安定なはずなのに、ひどく清々として見えた。足場を外させた原因のひとつは己だと、考えるのは自惚れではないはずだった。そこから逃げるわけにはいかなかった。こちらを見上げる眼差しがただただ嬉しそうなだけで、何も見返りなど期待していないのがわかるから尚更。<br />
　だから今度はマルコの番だった。<br />
「エース、&hellip;おまえ、オヤジに会ったんだってな」<br />
「うん」<br />
「イゾウがカリカリしてやがるから何をやらかしたかと思ったら、警備かいくぐって、ただ見にきたって言ったんだってねい」<br />
　横でサッチが目を丸くする。鉄の結束と規律を誇る「白ひげ」の、しかも白ひげ本人に対する警備を単身破ったというのだから驚くのも無理ははない。その上、エースはトカレフを懐に呑んだまま、白ひげに、ただ見に来たと告げたのだと聞く。<br />
　エースは決まり悪そうに頭を掻く。<br />
「探って来いって言われただけで、殺れって言われたわけじゃねぇし」<br />
　不遜なもの言いは「白ひげ」の幹部連中が血眼になって捜すのも無理はない、と言いたいところだが、本当は少し違う。<br />
「どうして、会いに行こうなんざ思ったんだよい」<br />
「&hellip;&hellip;昔、よく話を聞いたんだ。おふくろと、じいさんから」<br />
　そう言って、そういえばあんたは知ってるんだったと呟く。<br />
「死んだチチオヤにとってずっと天敵だったってみんな言うんだけどさ、おふくろがあんまり懐かしそうに話してたから、どんな奴だろうと思って」<br />
「会ってみてどうだったよい」<br />
「&hellip;&hellip;わかんねェ。すげェでかかった。&hellip;おれの名前言ったらすっげェ笑ってた」<br />
　言葉を濁して目を伏せる。<br />
「オヤジに、『白ひげ』に入れって言われたんだろい」<br />
「&hellip;意味わかンねェよ」<br />
　イゾウから聞き出した経緯は、そういうことだった。見に来たと言ったエースもエースなら、鉄砲玉かもしれない若者をその場で勧誘したオヤジもオヤジだ。同情してやりたい気もするがイゾウもたいがいイイ性格をしてやがる。エースを探していたのは報復をするためではなく、オヤジがエースの行方を案じたからだった。こちらを恫喝するような真似をしたのは、単に警備を破られたことに対する腹いせだ、と本人があっさり認めた。<br />
「オヤジは向こうっ気の強ェのが好きなのさ。一人で正面から『見に』来た奴なんざ初めてだって言ってたよい」<br />
　本当は、エースの父親であるロジャーと白ひげが、敵同士でありながら長く友誼を結んでいたことをマルコは知っている。エースの両親が「組織」の追手を振り切って姿を隠した時、白ひげの助力があったという噂もあった。だが、それはエースにとっては無用のことだ。<br />
「オヤジはおまえを気に入ったんだよい」<br />
「&hellip;そんなの信じられねぇ」<br />
　グラスを抱えてふいと横を向く仕草がまるっきり拗ねた少年のようで、マルコには可笑しい。エースはきっと分かっている。一度しか会っていなくとも、白ひげが甘言を弄するような人物ではないことを。かつてマルコもそうだった。かつて裏切り者だったのはマルコも同じだ。<br />
　生涯に、もう一度誰かに忠誠を誓うことがあるとは思っていなかった。<br />
「おれは正式にオヤジの下につく」<br />
　空になったエースのフルートグラスを引き寄せる。新たなグラスをセットして、ターキーのライを選り出す。エースの好きな酒ばかりが残っているのが悪運の強さを物語っているようで苦笑する。<br />
「おまえの件を不問にするのが条件だ。ただし向こうも条件をつけてきたよい」<br />
　見上げてくるエースの眼差しが、はっと揺れる。<br />
　エースにとっては、マルコの行いで自らの騒ぎを不問にされる謂われがない。つまりこれはただのマルコの身勝手だ。本当は。しかし身勝手ならばエースも同じだ。エースはマルコの死を擬装して逃げた。マルコはエースにかばわれる謂れなどない。本当は。<br />
　スイート・ベルモット、アンゴスチュラ・ビターズ。マラスキーノ・チェリー。初めて出会った時、二度と会うことはないと思っていた。二度と、失う者は持つまいと思っていた。グラスを滑らせてどちらか選べと告げる。<br />
「『白ひげ』に入るか、堅気になるか、だ」<br />
　堅気になるなら、金と身分と旅券は用意してくれる。条件ですらない、ただの厚意でしかない申し出。白ひげはエースのことを良くわかっていた。マルコには、想像しかできない。警官として将来を嘱望された母親と、最悪と呼ばれた極道者の父親との間に生まれ。堅気になりたくともなれず、「組織」に入ったとしても馴染めず。自らの責ではない理由で詰られ、望まない望みを押し付けられ、力を持て余し、感情を持て余していた。<br />
　―――エースは不安定だった。引けば落ちるのかもしれないと思った。こちら側へ。引いてはならないのだと思っていた。かつていた人のように。明るい世界にいれば、この青年はどれほどの人間を魅了するだろうかと。そう、思っていた。<br />
　向けられる感情に、気付かないはずもなかったのに。<br />
「&hellip;&hellip;おれは、」<br />
　言い淀むエースの言葉を遮る。<br />
「&hellip;おまえも、こっちに来いよい」<br />
　視界の端で、沈黙を保つサッチがひどく愉しそうにニヤリと笑んだのが見えた。強いて気付かないふりをする。ああ、まったく道化のようだった。かつてエースが言ったことがあった。ここから出てこいと。<br />
　カウンターの奥から銃を引きだす。ベレッタと、使い古したホルスター。投げ出したそれにエースが何が起こるかと目を丸くする。<br />
　無造作にボウタイを引きぬく。ボタンをひとつ外して首元を緩める。言葉もないエースの前で、ショルダーホルスターをベストの上から装ける。馴れた手順でストラップを締め、脇下に銃身を収める。袖のボタンも外し、黒いジャケットをはおれば、おそらくもうまともな人間には見えまい。骨の髄まで裏の人間だった。<br />
　まるであらかじめそこに壁などなかったように、カウンターを出る。多分どこにも境界線はなかった。最初から。<br />
「行くよい」<br />
　手招けば、野良猫は泣きそうな顔でかぶりを振った。<br />
「&hellip;どこに」<br />
「オヤジのところだ」<br />
「おれは、いけない」<br />
「連れていくって約束しちまった」<br />
「&hellip;おれは、行けねェよ」<br />
　エース、と呼びかける。その名を呼ぶことがひどく甘かった。<br />
　―――生涯にもう一度だけ、誰かに乞い焦がれることを、自分に許した。<br />
「おれと来いよい」<br />
　それとも、と、ほのかに自嘲する。<br />
「&hellip;&hellip;堅気になりてェかい？」<br />
　手放せるだろうかと自問する。再び失えるだろうかと。胸が締め付けられるように苦しい。滑稽で哀れでみっともなかった。それでもかまわなかった。<br />
　エースは鳶色の目をゆっくり瞬かせた。再び瞠いたとき、そこに迷いはなかった。怖いぐらいに透明で、陶然とするほどにうつくしかった。<br />
「おれは、&hellip;あんたがいる方がいい」<br />
　&hellip;かつて捨てたはずの名が追いかけてくることを忌避していた。死にたいと思ったことはなかったが、死に損ねたと思うことは多かった。それもたぶん終わりなのだと思った。<br />
「―――エース」<br />
　差し出した手は、しかしあいにくとってはもらえなかった。野良猫は一息に目の前のグラスを空けると、するりとスツールを降りる。白いスニーカーが荒れた床を踏んで、つれなくもマルコの横をすり抜けてドアへ向かう。差し出した手を宙に浮かせたままマルコは笑う。<br />
　エースの胸元でわずかな振動音を鳴らす。肩を揺らした青年がおそるおそる振り向くのに、見せびらかすように携帯電話をかざす。<br />
「携帯の番号、教えてなかっただろい」<br />
　真っ赤な顔で憤然と出ていく青年をゆっくり追いかける。きらきらと散らばるガラス片を踏みにじる。かつての光景をふと懐かしむ。<br />
　開け放った扉の外に広がる世界を、マルコは初めて見る景色のように眺めた。夜と朝の狭間の薄明かりの中で、エースが笑っていて、それが全てで良かった。<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
　夜明けが近かった。<br />
　華やかな時間を過ぎた繁華街は薄汚く素気ない。ただ好天を予想させる風が清々と籠った夜の悪臭を吹き飛ばしていく。<br />
　払暁の薄明かりの中を、二人の人間が並んでゆっくりと歩いている。片方が風に逆らって煙草の火を着ける。<br />
　おれ、指の一本くらい詰めさせられるかな、と青年がぼやく。<br />
　少し後ろをのんびりと歩くもう一人は、くわえた煙草からゆるりと煙を吐き出す。<br />
　オヤジはそんな狭量じゃねぇよい、答えて、少し黙る。手土産でも用意しときゃよかった。<br />
　あんた、本当に大丈夫かよ、欠片も疑っていない顔で青年が憎たらしそうに笑う。<br />
　ゴミとカラスと吐瀉物の間を青年は軽やかに跳ねるように歩く。自由に、無邪気に、何の束縛もないように。<br />
　アルコールの回った足元が少しだけふらつく。バランスをとるように伸ばされた手をもう一人の手がとる。慌てたように一度離れて、すぐに青年から指先だけを繋ぎ直した。互いの人差し指と中指だけ。軽く引っ掛けたまま、青年は背後をくるりと振り返る。サッチ、と呼びかける。<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
　二人の後ろ、少し離れたところを歩いていたサッチは片手で猫を抱えたまま、もう片方の手を軽くあげた。青年と指をつないだまま振り返らない「親友」を眺めてほくそ笑む。<br />
「サッチ、なァ、あんたも来るの？」<br />
「おうよ」<br />
　おれこう見えても功労者よ？「白ひげ」に直々に呼ばれてんだぜ。猫と一緒にというのがいささか気になるが繋げるパイプは繋いでおくつもりだ。その方がいざというときにこの二人の援護になるだろう。<br />
「おれ、ずっとタウザーが何に似てるのか気になってたんだけどさ」<br />
　風に抗うようにエースが叫ぶ。屈託を感じさせない明るく伸びやかな声。あの声で蜥蜴食らうか。そう思って笑ってしまう。それほどに当たり前の若者だった。最初からそうだったし。正体を知った今だって、そうだった。<br />
「『白ひげ』に似てンだよな。――口ンとこだけ白いとことか、貫禄とかさ」<br />
「そーいやそうさな。道理で」<br />
「何が道理？」<br />
「こいつ、あの日おれンちまで呼びに来たんだぜ」<br />
　風邪で寝込んでたところをしつこい鳴き声で起こされた時には猫鍋にしてやろうかと思ったが。追いかけて行った先でマルコが血の海―――もとい、酒の海で倒れてた時にはさすがに肝が冷えた。わけもなくエースの仕業だと確信したのを覚えている。<br />
「どっかのはげたおっさんよりよっぽど役に立つ」<br />
「そりゃテメェもだよい」<br />
　猫ほどの役にも立ちやしねェくせに。期待通りに毒づかれても、あいにくお手々つないだその格好じゃサマにならない。大笑いしたいのを堪えて、エースがマルコに楽しそうに話かけるのを後ろから見ている。<br />
　昔、不死鳥と呼ばれた男が、何もかもを捨てて得たはずの人間の、その手を永劫に離したことを知っている。<br />
　かつて人の望む多くのものを持って、それでも惚れた男のために全てを捨てた女を知っている。惚れた女のために全てを捨てた男のことも。間違いなくその潔さを継いでいる子どものことも。<br />
　損得のわからない者ばかりだった。それで良かった。夜が明けきれば、正しい光の下であの二人を繋ぐ魔法は解ける。明るく正しく退屈な世界では、あの二人はきっと息ができまい。銃と硝煙と嘘と欺瞞と。裏切りと後悔とそれゆえの互いへの執着。<br />
　そしてまた、こうやって関わりをもってしまうサッチ自身もきっとそうなのだ。<br />
　ふさりと尻尾の余韻を残して腕の中の猫が逃げ出す。何も言わずとも後を追う四足につき従う。ああまったくもってどいつもこいつもが。<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
「―――ほっとけねぇ」<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
　アルコールと夜と媚びない猫のいる世界に馴染んでいる。<br />
<br clear="all" />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
（いねこ）]]> 
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    <published>2013-04-21T22:35:23+09:00</published> 
    <updated>2013-04-21T22:35:23+09:00</updated> 
    <category term="OP" label="OP" />
    <title>アルコールとセックスと猫、そして彼をめぐるいくつかの謎　７</title>
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
      <![CDATA[<br />
<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
七　話<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
　チャララララ、と長く尾を引いてドアベルが響く。現れた人影は、レアなことにここ数日一度も姿を見せなかった（といって、別段恋しくもなんともない）男だと気配で知れたので、マルコは振り向きもせずに「今日はもう看板だよい」とそっけない言葉を投げた。<br />
「なーにが『看板だよい』だ、えっっらそーに！」似ているかどうか本人には判断しかねる口真似をして、いっつも開店休業みたいなもんだろが、とひとしきりぶつくさ言っていたが、一向に相手にされない不毛さが虚しくなってきたのだろう。「――はい、おみやげ。いやー、ホントやさしーな、おれ。こんな愛想のない奴にまで、ちょー親切」<br />
　至近距離から飛んできたビニール袋を、片手で難無くキャッチすると、サッチが舌打ちをする。中を覗いて、マルコは眉を寄せた。<br />
「『白い恋人』？&hellip;&hellip;土産ってお前、北海道くんだりまで出かけてたのかよい」<br />
「まぁな」らしからぬ嗄れ声で肯定すると、壁際の床にくずれるように座り込んだ姿が、曜日を間違えたゴミ袋に似ている。「いつもの」<br />
　嘆息して、冷蔵庫から一杯分あるかないかのミルクを取り出す。タウザーが居合わせなくて助かった。機嫌をそこねてしまうところだ。<br />
「&hellip;&hellip;今日のところは、それにしとけよい」<br />
「いやん、って言ったら取り上げる気だろお前」はは、とわらって、とうとう本格的にサッチは咳き込んだ。「風邪にホットミルク。ノスタルジックですこと」<br />
「椅子に座るか、帰るって寝るか、どっちかにしろよい」<br />
「やだ」<br />
「風邪菌、店に撒き散らしやがったら承知しねェよい。馬鹿言ってねェで、叩き出される前に――」<br />
「ようやくエースの身元が割れたのよ。このサッチ様がこんだけ手こずらされたの、マジ初めてじゃね？」<br />
「おれがいつ、そんなもん探れってお前に頼んだよい」<br />
「アホか。お前の頼みだったら、金だけぼったくって、あとは何かテキトーにでっちあげて終いだっての」さも嫌そうに、サッチは口を歪めた。「あいつが何かヤバそうな立場に居ンの、気付いてンだろ？なら、いつかここに帰って来たとき、知らずに地雷踏んじまって後で死ぬほど悔やむとか、そういうのだけは何としても回避したいだろが。おれが探ってきたのは、そーゆー話だよ！」<br />
　激昂して、また咳き込む。<br />
「&hellip;&hellip;期限切れの風邪薬でよけりゃ、たしか店のどっかに――」<br />
「いらねーよ。そもそも期限切れって、具体的に何年前よお前の中じゃ」<br />
　五年、と答えるとサッチは深々とため息を吐いた。<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
「名前はルージュ。聞き覚えは？」<br />
「一度や二度寝ただけの女の名前なんざ、一々覚えちゃいねェよい」<br />
「んまあ、イロオトコさんね」浮かぬ顔で、おざなりに手を叩いてみせる。「時々クソだよな、お前」<br />
「お前に言われたかねェよい」<br />
「そーでしょーとも」サッチは鼻で笑って、ちいさく畳まれたスクラップとおぼしき紙を数枚、ジャケットのポケットから取り出すと、マルコに放ってきた。「見てみ」<br />
　無言で、少し色褪せているような、その紙切れを広げる。<br />
「いつのオリンピックだよい。あいにくどの女にも見覚えは――」<br />
　次に続くはずの言葉を、マルコはぐっと飲み込んだ。なるほど。<br />
「ないとは言わんわな。さすがにそれはぶん殴るぜ俺」<br />
　低くはない熱がありそうな目付きでだるそうにこちらを見上げて、サッチは両の拳の骨を鳴らした。<br />
「&hellip;&hellip;似てるよい」<br />
「だな」<br />
　あらためて、マルコは手のなかへと視線を落とした。『総力特集　五輪に咲き誇る花々』と太ゴシックのタイトル。美女たちのショットを散りばめた見開きに続くページで、眩しいような瑞々しい笑顔をこちらに向けている水着姿の娘は、造作的には美形から程遠かったが、マルコでさえ、すぐには目が離せないほどに魅力的だった。<br />
「しかもよりによって――」<br />
「なのよ」<br />
　ためいきが洩れるのを抑えようがない。『こんな婦警サンにならタイホされたい！』の文字が躍るスクラップを、暫しマルコは凝視してから、サッチへと投げ返した。<br />
「射撃の日本代表かよい」<br />
「正確には、代表候補で終わったけどな」<br />
　ポートガス・Ｄ・ルージュ。<br />
　容姿からの印象とはかけ離れた射撃の名手である彼女は、「その銃には彼女と同じ血が通っている」とまで絶賛され、よほどのアクシデントでもない限り、出場すればメダル――それもおそらくはゴールドの――獲得は確実と評されていたらしい。<br />
「おれはちょっとだけ、ルージュって名前に聞き覚えがあったんだわ。見た目と職業、あと競技種目とのギャップが面白いってンで、マスコミが取り上げ始めた頃だったんじゃねェかな。その写真は、学生時代にゼミ仲間と海へ遊びに行ったとき写したのが流出したみてェなんだけどよ、こりゃ反則じゃねってくらい可愛いだろ。警察もイメージアップを図るのに最高の人材だって思ったらしくてよ、発売間際にこの雑誌の特集内容嗅ぎつけて、彼女だけちゃんとワンピース着てるやつに差し替えさせてる。そっちもまあ、キュートには変わりねェけど、ばっちりメイクで雀斑がだいぶ消えちゃってるのよ。オマワリって、ホーントわかってねーのな」<br />
　かすれ気味の声で熱弁をふるったものだから、またもや酷く咳込んでいる。マルコは口を開きかけて止めた。どうせ言っても無駄だ。<br />
「代表候補で終わった、ってのは？」<br />
「んー？家庭の事情により、急遽、職を辞して海外へ移住することになったから」ふう、とサッチは肩の力を抜いた。「――ってのは表向きの話で、とんでもない相手と駆け落ちしちまったから、ってのがズバリ真相」<br />
「勿体ぶるなよい」<br />
「偉ぶるなよい」んべー、っと舌を出す。「聞いて驚け、オリンピックで国民的ヒロインになる未来を約束されていた婦人警官はだな、なンもかンも投げ出して、よりによって、稀代の大悪党、ゴール・Ｄ・ロジャーの許へ走ったんだよ」<br />
「――――」<br />
（ここは、狭すぎる）<br />
　そんな言葉でマルコに別れを告げたあの男の記憶が、耳の奥で勝手に再生を始める。ロジャーってのは面白い奴だよな、と次から次へと資料を読み耽っていた、あのとき既に兆しはあったのだと、自分の迂闊さをあとになってどれほど呪ったか。王にしかなれない男どもは、遅かれ早かれ、世間の柵に縛られた人生を捨ててゆくのだと、自分に言い聞かせることができるようになるまでには、それなりの時間が必要だった。<br />
「&hellip;&hellip;それで」<br />
「この件に関しちゃ、トップシークレット扱いみたいだな。知ってんのも上層のほんの一握りらしい。誑かされただの、いや狙いは他にあっただの、いろいろ言われてるけどよ、どうやらお互い本気の大恋愛だったんじゃねェか、って調べてておれは思った」<br />
「つまり、父親ってのは」<br />
「とーぜんロジャーってことになるわな。知ってのとおり、父親は捕まって早々くたばっちまって、あいつはだから、母親とふたり、世間から隠れてひっそり暮らしてた。その母親も学校に上がる前に亡くしちまって、それでようやくエースの存在を知った遠縁の男に引き取られたってわけだ」<br />
「&hellip;&hellip;あいつは――――」<br />
「生まれながらに裏切り者ってカンジ？」そっけなくサッチは眉を上げた。「警察連中、カンカンだしよ。配下の連中はルージュを『いつ俺たちをサツに売るかわからねェ胡散臭い女』とみなしてた。たったひとりの身内を亡くしたひとりぼっちのガキを引き取ってやるどころか声ひとつかけようとしなかったっていう親戚連中が、あいつをどんな目で見てたか、まあ想像は付くわな」<br />
　ああ、と言ったきり、言葉が出てこない。偶然再会したときのエースを思い出した。多勢に無勢は、彼にとってはいまさら恐れるほどのことではなかったのだろう。そこに至るまでの孤独と、そうしてそこに現われた自分が、彼の目にはどう映ったか。<br />
&nbsp;<br />
「行方を眩ましたあとのルージュについては、二つの逸話が残ってる。うちひとつは、俺たちがアタマに入れとくべき話だ」<br />
　ぬるくなったミルクを、情けなさそうにサッチは飲み干した。お代わりはと訊くと、いつものミルク抜きで、と投げやりに返す。残りわずかになった芋焼酎の一升瓶を抛ってやると、やけくそのようにラッパ呑みしようとして噎せ、見事な霧を噴いた。銘柄どおりの、まさしく『霧島』。<br />
「内部抗争で暗殺を企てられたロジャーが、偶然工事現場から落下したフェンスに銃弾を遮られ命拾いしたことがある。その強運ぶりに、反対派も沈黙せざるを得なくなったらしいが、実は現場検証の結果、フェンスを固定していた箇所を精確に抉った銃痕がいくつか残されていたことが発見された。それがひとつ」<br />
「狙撃手の狙いを完全に読んで見事に阻止して見せたってわけか。死人も出さずに演出効果は絶大。とんでもない女がいたもんだよい」<br />
「んで、さらにもうひとつ。そのとんでもない女は、ロクに買い物にも行けない暮らしのなかで、おもちゃ代わりにと、弾を抜いただけの銃をガキに与えていたそうだ」<br />
　どーよ、とサッチは不機嫌な視線を寄こす。どーよも何も、とマルコは、吸うことを忘れてしまったかのように、深いふかいため息を吐いた。<br />
&nbsp;<br />
「よくそこまで探ったもんだよい」<br />
「&hellip;&hellip;あー、まさにその件なんですが」もじもじとサッチが姿勢を正す。「悪ィ、『不死鳥』を見かけたって情報と引換にしちまった。交換条件ってやつ？」<br />
「――お前」<br />
「うわ、最後まで話聞けって！」<br />
　殺気には敏感らしい。おお怖、と身を竦めるとサッチは例のリーゼントを片手でかきあげるようにして――外した。自分の羽で機織った気分だぜ、とサッチが薄気味の悪いことを言う。ヅラだったのかよい、と呆れかけたマルコは、その下から現われた髪型に驚愕した。<br />
「いつかこんな日がやってくるんじゃないかと、自毛でウィッグこさえといて助かったぜ&hellip;&hellip;まさかここまで酷い髪型にする羽目になるとは夢にも思わなかったけどよー」<br />
　うふふ、あたしたちお揃いねっ、とやけを起こしたらしいサッチは、おまけ、とジャケットとシャツの前を外した。シルバーのペンダントが揺れる肌には、見慣れた刺青。このアタマでこれ見せびらかして歩いてたら、風邪引いちまった、と情けなさそうにこぼす。<br />
「どういうつもりだよい」<br />
「訊くまでもないでしょ？囮だよ、囮。マルコなら北海道で見かけたって言っちまったからな。ススキノでアタマの悪そーな奴らに因縁付けさせてー、ガマンの限界越えちゃった設定で派手に暴れてきました。髪型と刺青、あとはブルーのカラコン入れりゃ、そんだけ隠れてたんだ、面識ねェ奴らには見分けなんかつかねーよ。ひょっとしたらって疑ってた奴らだって、目撃情報が流れた夜にこの店営業してたとなりゃ、なーんだ、って諦めるだろ？まさに一石二鳥。まさか休んだりしてないよなお前」<br />
「&hellip;&hellip;休む理由がねェよい」<br />
「んじゃオッケーな。どーもこの感じ、サッチさんは当分寝込んじゃいそーな気がするわけよ。あとはお前、なりふりかまってねェで、あいつ捕まえてやれや」<br />
　あと芋焼酎ちゃんと入れとけよ、泣くぞ、と言い残して、サッチはドアの向こうへとよろよろ姿を消した。<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
　チリン、と耳を疑うほど可憐にドアベルは鳴いた。<br />
　視線の端に捉えた、いまさら見間違えようもない癖っ毛に、マルコはあえていつもどおりを装った。迂闊に近寄れば逃げられてしまう――そう考えている自分に苦笑する。どこか似ているけれど、エースは野良猫ではない。<br />
　両隣は今日が定休日だった。本来ならマルコの店もそうで、だから他の客のひとりもいなければ、物音ひとつしない。<br />
「おれは――」<br />
　スツールが鳴いた。エースの指定席は、前に重心がかかるとそんなふうな音を立てる。最初からずっとそうだった。いざというときにすぐ動けるよう、浅く腰掛ける――この歳でもう、それが当たり前の生き方をしているらしい。<br />
　つと手を伸ばして、エースはタウザーにふれた。言葉の続きがそこに隠れているとでもいうように、そろりと撫ぜる。こっそりと猫を飼っていたことのある手付きだった。骨のカタチを指でなぞる。内臓の音を掌で聴く。どこか淋しそうな顔をする。<br />
「預かってろよい」<br />
「――これ」ぱしん、と掌で小気味よい音を立てたものを目にして、エースは目を瞠った。「たしかあんたの」<br />
「かかってきても急ぎの用なんざありゃしねェ。あとで、おれの手元にはなかったって言い抜けすりゃ済む話だよい」<br />
「――わかった。なら、おれのはあんたが預かっといてくれ」<br />
　急ぎの用なんかない――それが嘘だということくらい、エースにはわかりきっていただろう。新たな情報ひとつで、どちらかが、或いはどちらもが、命を落とす羽目になりかねないこの状況で、ケータイが手元になかったで済むわけがない。<br />
　だからこそ、それが決して自分を枉げぬマルコが自分に与える、ギリギリの猶予であり譲歩であり、彼らには似つかわしくない、もっと別の感情の為せるわざであることを、他ならぬエースなら、よくわかっていたはずだった。<br />
　差し出されたケータイを、なんでもないことのように受け取る。おそらくはエースも、さして変わらぬ難しい立場にいるのだろうと知りながら。<br />
「ああ」あれ以来、手元に置いていた黒い塊を、無造作にマルコは差し出した。ベレッタ。「これも要るかよい」<br />
「――」<br />
　巣から落ちたヒナでも拾い上げるような慎重さでそうっと、エースは幼い頃の彼にとっては「おもちゃ」であった銃を両手で包んだ。目の前で、雀斑の似合う屈託のない青年の顔が、狙撃手の冷酷なそれへと変貌を遂げる瞬間を、殉教者めいたまなざしで、マルコは見た。<br />
　エースの手のなかを、ベレッタが優雅に泳ぐ。<br />
&nbsp;<br />
「昨日はゼロだったよい」<br />
「&hellip;&hellip;え？」<br />
「バカの分際で風邪引いたとか抜かしやがって、サッチひとり来やしねェ。このままだとさすがにこの店、潰れるよい」<br />
「いまさら」くすっ、とエースは微笑った。「潰れてねェのが不思議だって、いつもおれ、言ってるだろ」<br />
　よけいな世話だよい、と苦笑まじりに返して、マルコはエースに背を向けた。この店で使う機会などそうそうないから、ブルーキュラソーは棚の端っこに置いてある。<br />
　背後でベレッタの立てる音など、警戒するどころか、まるで気にならない自分が不可思議だった。不可思議どころか、あらゆるしがらみから解き放たれたかのような、この爽快感はどうだ。<br />
「――残弾数のチェックかよい」<br />
　向き直ったマルコに、エースは悪戯を見つかった子供の表情になった。弾切れじゃなくて安心した、と笑いながら、カチャッとマガジンを押し込む、ただそれだけの動きでさえも、見惚れてしまうほどあざやかで、マルコは術もなく敗北した。<br />
&nbsp;<br />
　テキーラ、ブルーキュラソー、ライムジュース。少し尖った頬骨のあたりにふれてしまいそうになるのをこらえて、無言でシェイカーを振る。なあ、マルコ少し痩せた？と小声で訊いてくるから、それはお前だろい、と苛立ちをそのままに返してしまいそうになる。<br />
　グラスを、手品みてェ、とあざやかな手際にエースが幾度かためいきを吐いたスノー・スタイルにして、シェイカーの中味を注いだ。ブルー・マルガリータ。<br />
「お前を、待ってたよい」<br />
　綺麗すぎるような蒼に魅入られたように、グラスへとのばされた、その指先を掴まえて握り込んだ。エースが息を呑む。それでも、振りほどかれはしない。とうに知っていたことだ。必ずしも言葉にする必要のない、大事な、こわれもののような何か。掌が熱い。<br />
　泣きそうな表情にはわざと気付かないふりで、持ち上げたグラスを口許へと近寄せてやると、エースは目を伏せた。<br />
「――あんたの酒が恋しかった」<br />
「酒かよい」<br />
「そうじゃねェよ、おれは――」<br />
　とおくを透かすようなまなざしで、グラスのなかの蒼をみつめる。それが、薄く色付いた唇を濡らし、咽喉を滑り落ちていくさまをマルコは目で追った。<br />
　誰にも言ったことねェんだけど、とかすかな声。<br />
「おれ、海をみたことがなくてさ。海の水は塩辛いって言うだろ。でもきっとほんとうは違うよな、ってずっと思ってて」泣き笑いのような表情を、エースは浮かべる。「たぶん、こんな味だと思う」<br />
「海、かよい」<br />
　――お前の顔を見たら、もうずいぶんと前に拝んだきりの景色を思い出しちまった。<br />
　どうしてこのカクテルなのかと問われたら、そう告げるつもりだったマルコは、代わりに、だったら俺と行ってみるかよい、と俯き加減の顔を覗き込んだ。エースが瞳を揺らす。何か答えようと、少し震えながら息を吸った、次の瞬間――<br />
&nbsp;<br />
　するりと手の中を擦り抜けた指が、流れるような動作で足首へ伸びるのと、隣の席の灰皿をマルコが掴むのとが同時だった。カウンターを突き飛ばすように反動を付けて、エースの姿がスツールから消える。キラリと一条の光のような軌跡を描いて、マルコの抛ったガラス製の灰皿が、頭上からぼんやりと手元を照らしていたひとつしかない店の灯りを精確に砕く。コンマ数秒ののちに、自嘲まじりの吐息を聴いた――互いが、互いの。<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
　ガチャガチャと耳障りな音を立ててドアベルがわめきたてる。ひどく狭い入口から、かわるがわる真っ暗闇の店内を覗き込んだ五つの人影は、それぞれに口汚く罵ったが、あからさまな殺気を撒き散らして押し掛けてきた破落戸どもの為に、わざわざ通路の薄灯りで見渡せる範囲に居座ってやる義理などあるはずもない。<br />
「そこに隠れているんだろう、裏切り者。一緒に居るのは『不死鳥』か？」さっさと中を照らせと命じる声。「組事務所の目と鼻の先とは、大胆な場所を選ぶもんだ。あれだけの騒ぎを起こして破門を喰らっておきながら、いい度胸をしている」<br />
　唸り声を上げて、まずはひとり、スツールを踏み台にして土足でカウンターによじ登ろうとする。払い落されたグラスが割れもせず、通路から差し込んでくる光に憧れるように、床をコロコロと転がってゆくのを、肩を竦めてマルコは見送った。エースが現われたことによほど動揺したのだろう。泥酔客が取り落とすことを前提にした、プラスティック製の安物に酒を注いでいたらしい。ガラスでさえねェのかよ、ときっとエースは声を殺して笑っているだろう。<br />
　カシャーン、とグラスの割れる音に注意が逸れた一瞬の隙を衝いて、礼儀知らずのみぞおちに、容赦なく靴先を捩じ込んでやる。腹筋に脂肪の勝る、間の抜けた感触に、マルコはうすくわらった。うずくまる巨体を向こう側に蹴り落として、わざわざとどめを刺すまでもない。<br />
　風が唸るような音に、反射だけで身を沈ませる。一人めに続こうとした闖入者に気取らせぬ用心にか、避けろとこちらに声をかけることさえなく叩き込まれた手加減なしの拳。髪の数本を道連れにされたマルコの耳が拾った、ぐしゃりと厭な音からして、どうやら鼻骨でも潰されたのだろう。一声呻いて、そのまま床に沈む。<br />
　おお怖、とマルコは秘かにほくそ笑んだ。この街で再会を果たしたあの日の光景が脳裏に甦る。エースをガキ呼ばわりできるということはつまり、その実力を何も知らない阿呆だと言うことだ。<br />
　一斉にエースに向けられた襲撃者どもの三つの銃口の前を、尻尾で嘲笑うようにふっさりと黒猫が横切ってみせる。引鉄を引くタイミングを外されたと、そちらを見なくとも知れる間の抜けた銃声。予想外の展開に血迷ったのだろうが、タウザー一匹にひとり一発、計三発発砲しておきながら、あれでは残像すら撃てまい。偶然とは思えない絶妙のタイミングでグラスを倒して連中を撹乱してみせたことといい、マルコの目には贔屓目でなしにリーゼントスタイルに拘る何処かの誰かよりも遥かに有能に映る。<br />
　お粗末な乱射に次々と砕け散った棚のボトルから、それだけで酩酊してしまいそうなほど濃密にたちこめるアルコールの匂い。至近距離からの避けようがない一撃を、マルコは傍らから銃ごと弾き飛ばして妨げた。長いブランクを経ても、まだ銃の腕は鈍ってはいないらしい。ヒュウ、とエースが吹く口笛に見送られて、いっそ優雅に、扉のわずかな隙間をタウザーは擦り抜けた。<br />
　咄嗟に掴んだ腕を力任せに引き寄せれば、ひらりとカウンターを飛び越え、エースがこちら側に墜ちてくる。着地の際に少しバランスを崩した躯を受け止め、こんなときだというのにそれだけでは手放してやれず、刹那、さながら人の形をした熱そのもののような輪郭を、マルコは抱きすくめた。ぐいと引き寄せた背骨から脇腹にかけて、きっと酷い色の痣を残しただろう。<br />
　何か言いたげに、けれど結局何も言うことなしに、エースはおとなしく、首筋のあたりでため息を吐いた。<br />
&nbsp;<br />
「裏切り者同士、いつのまにか手を組んでいたとは、なかなか意表を突いてくれる。相手を選ばないのは、母親の血か？」<br />
　激昂するのではないかと引き止める力を込めたはずのマルコの腕のなかから、こともなげにエースは身を起こすと、カウンターの向こうの敵の前にその姿をさらす。当然反撃してくるものと構えていた分だけ一瞬反応の遅れた相手のスーツの裾を、闇のなか、稲光のように軌跡を描いたナイフで、深々と床に縫い止める。焦って身を屈めた頭部めがけて、マルコが思うさま投げ下ろしたブロック・アイスは、ごッと鈍い音をさせてその男を昏倒させた。いったん引こうと考えたのか、扉に手を掛けた男の手首すれすれのあたり、またしてもナイフで袖を突き貫いた。<br />
「残念。脚は二本あンだよ。隠しナイフも当然二本。片方しか使わねェってのは、ちょっと贅沢すぎるだろ？」<br />
　ちなみにこっちのは、あんたらの言うジャック・ナイフってやつさ、と刃をキラリ閃かせながら、悪党面でエースがわらう。完全に頭に血が上ったらしい男が、自分を扉に磔にしているナイフの柄をぐッと引っ掴んだ途端、絶叫を響き渡らせた。指、ゆびが、と半狂乱で血を撒き散らす。それへ顔色ひとつ変えることなく、いかにも大事そうにエースは、放り投げられた得物を受け止める。<br />
「おおかた、そこの釦でもうっかり押しちまったんだろ。素人に使いこなせるオモチャじゃねェよ。切り口は綺麗なはずだから、急いで医者に駆け込めば、詰めた指、どうにかくっつけて貰えるかもな」<br />
　腰抜けが尻尾巻いて逃げてくのなんざ、いちいち律儀に追ってやれねーよ、といっそやさしげな口調におそらく他意はないのだろうが、これでは逃げるに逃げられまい。<br />
　切断された指はどうやら四本。血臭が、次第に咽返るほどになってゆく。<br />
「その傷で出血多量で死んだら笑いもンだぜ、そいつ。闇医者の心当たりくらい、いくらドサンピンでも、ひとりやふたりあンだろ？」<br />
「なアに、すぐに片付くさ」未だ無傷で立っている最後のひとりに、慌てたようすはない。「不死鳥もお前も、きっちり始末してな」<br />
「引いてみろよ、引鉄」向けられた銃口にエースは慌てた様子もない。「一発で殺せるのはひとり。こっちはふたりで、おれのナイフの腕前なら、たったいまその目で見たろ。そもそもあんた、猫一匹も撃てねェくれェの腕前じゃァな」<br />
「心配するな。お前は猫よりは大物だ」引鉄を引かないのは不利を悟っているからだろう。「今度は当たるさ」<br />
「バァカ」けたけたとエースが哄笑する。「一か八かの賭けに勝つのは正義の味方だけだって、とっくに相場は決まってンだよ」<br />
　ここにいる奴らは全員アウトだな、と口の端を歪める。マルコの知らない――見せたことのない、昏い光を宿す瞳に、紙一重で愉悦に姿を変えそうな、きわどい凄味があった。<br />
「勝ち目ないのはわかってンだろ。それ、仕舞えよ。おれはただ、そっちから仕掛けてきたから相手してやっただけだ。御丁寧にチャカにサイレンサーまで付けて、殺る気で乗り込んできたあんたらのな」<br />
「――」<br />
　憎々しげに舌打ちして、男が拳銃を下ろす。ふう、とマルコを見据えてエースはためいきをついた。<br />
「どうしようもねェな、あんた」<br />
　マルコの手から銃を取り上げて、全てを投げ出すような口調になる。<br />
「そんなの、お前はとうに知ってたはずだよい」<br />
　マルコは薄くわらった。エースの手で、慈しむようにカチリとカウンターの上に置かれたベレッタを、羨ましいとさえ思う自分は、きっともうどこか壊れているのだろう。<br />
「ベレッタはおれも嫌いじゃねェな。このシリーズの正式名称は――言ってもお前ら程度にはわかんねェか」息を呑んだ連中をそっけなく斬り捨てる。「さすがは『不死鳥』だけあって、チャカもれっきとした正規品だ。引退したって噂もあったが、こんなもン隠し持ってる以上、どうみてもカタギじゃねェな。間違えましたすみません、で済む相手じゃねェ」<br />
「――トカレフなんて使ってンのかよい」胸筋を抉るように隠し持っていたらしい銃を押し当てられて、マルコは苦笑した。「暴発なんてされたら目も当てらんねェ。どうせなら馴染みのそいつで殺ってくれよい」<br />
「そのくらいなら聞いてやれるぜ。どんな銃で殺られようが、死ねば同じだとおれは思うけど――手ェ出すな」我に返った男が、焦ったようにマルコに銃を向けてくるのを、酷く冷たい口調でエースは突っぱねた。「いくつも穴の開いたブザマな死体なんざ許せねェ。殺ったおれの銃の腕が悪ィとでも陰口叩かれてみろ。お前ら、原形留めねェことになるぜ」<br />
　声音はいっそ穏やかだったが、視線を向けられた男は、何か感じ取ったのか、凍りついたように動こうとしない。<br />
「そういや、おれの母親がどうとかほざいてやがったな」心臓の真上へと銃口がにじり寄る。言葉の向けられた先は別だと言うのに、軽く突いたり、くすぐってみたり、懐いてくるときの彼のようだと、場違いは承知でマルコは仄かにあたたかい気分になった。「父親は誰か、調べられるもンなら調べてみりゃあいい。そうすりゃ上の連中が妙におれを盛り立てようとしてるのも納得がいくはずだぜ」<br />
「――父親だと？」<br />
「やっぱり知らねェのか。失敗して命拾いしたな、お前ら――こっちのおっさんは知ってるみたいだが」無表情は死守できても、心音までは制御できなかったらしい。エースは目を伏せた。「二度とおれに関わるな。次は見逃してやれねェ。ここはおれがはじめて手に入れた、居心地のいい場所だったんだ」<br />
&nbsp;<br />
　「雨に唄えば」のオルゴール音が秘めやかに鳴り出す。あんたと行きたかったな、と聴き取れぬほどかすかな呟きを耳が拾う。<br />
　轟音。衝撃。激痛すら知覚できぬまま、マルコの意識はそこで爆散した。<br />
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（こよいさま）]]> 
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            <name>いねこ</name>
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    <published>2013-04-14T22:22:56+09:00</published> 
    <updated>2013-04-14T22:22:56+09:00</updated> 
    <category term="OP" label="OP" />
    <title>アルコールとセックスと猫、そして彼をめぐるいくつかの謎　６</title>
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
      <![CDATA[&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
<br />
<br />
<br />
六　話<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
　問い質したいことはいくらでもあった。問い質して良いのかという恐れがあった。問う機会など既にないのかもしれなかった。そして問う前に問われれば、答えることなどできなかった。<br />
　一睡もできず迎えた翌日。いつも通り開けたた店にエースは来なかった。次の日も、その次の日も。少ない客の相手を淡々とこなし、表面上はなにくわぬ態度を装いながらも、一人のことだけが頭の中を占める。七日目にふらりと訪れたサッチを捕まえた。サッチはこの界隈を縄張りとしている。こう見えて表にも裏にも顔が広い男だ。エースが店に来なくとも、近くに居れば情報は入ってくる。<br />
「なんだァ？また喧嘩したのか」<br />
　笑いながら、そういや最近会ってねぇなと呟く。歓楽街の真ん中にある古い映画館、チェーンの牛丼屋、深夜のコンビニの雑誌コーナー、そういった場所でよく見かけてたと言う。カウンターを出ることのない、マルコの知ることのできないエースの姿。メール打っといてやるよとこれみよがしに自慢するのに苛つく気もおきない。そうじゃない、と遮ってサッチの目の前にベレッタをごとりと置く。<br />
　わざとらしく目を剥いて見せる男とは、今まで一切互いを詮索することを避けてきた。あくまでも堅気のバーテンだという態度を崩したことはない。それを破ることの躊躇いはもはやマルコにはない。助力を請えるのはこの男しかいなかった。<br />
「見られたよい」<br />
「エースにか？馬ッ鹿だなァ」<br />
　その誹りは甘んじて受ける。しかし分解していた部品を組み立てられた話をすれば、さすがに笑みが消えた。<br />
「銃マニアの一般人&hellip;ってわけにはいかねぇか」<br />
　マルコはエースの力を見ている。サッチも何か思い当たるフシでもあるらしい。<br />
「ただまあ少なくともおまえを殺りにきたわけじゃねぇと」ちらりとマルコの凶状も知っていること匂わせる。最初からマルコの首が目的だったなら、見つけた銃で背中から撃てば良い。姿を消す理由がない。<br />
「それはわからねぇよい。証拠を握って数と段取りを揃えてるだけかもしれねェ」<br />
　純正のベレッタは闇ルートでは滅多に流れない。それゆえわかりやすい証拠となってしまう。わざと銃を晒して姿を消した理由などいくらでも思いつく。いつでも殺れるという脅し、隠れても無駄だという恫喝。今まさにエースの口から報告がなされ、功を逸るチンピラが大挙してこちらに向かっている可能性も否定できない。<br />
「馬鹿。そこは疑ってやんなよ」サッチが心底呆れたという声を出す。<br />
「あいつすっげぇ楽しそうだっただろーが。最初っから標的がおまえで、あれが全部演技だったってならおれァ泣くぞ。千歩譲ってそーだったとしてもさ、そりゃおまえ逃げろってことかもしんねーよ？」<br />
　疑っておいた方が、傷が浅く済む。そんな卑小な防御を見透かされたようだった。<br />
「逃げろ、か」<br />
「逃げる気ねぇんだろ？」<br />
「&hellip;ねぇなァ」<br />
　多分逃げるのが正解だ。正体の割れた逃亡者が長く留まってもろくなことはない。ここは居心地が良かったが、何もかも再び手放して身一つで逃げ出すべきだ。そう考えて、居心地が良かったのはエースが現れてからだと思いなおす。それまでの自分なら、恐らくここにはもういない。とっくに逃げ出していただろう。三ヶ月前の自分なら。<br />
　まあ、あちこち調べてみるわ、と一杯目を急いで飲みほしてサッチが慌ただしく出ていく。カウンターの中からマルコはそれを見送る。ふと、ここから出てこいといったエースの言葉が甦る。丈の高い、どっしりとした木材でつくられたバーカウンター。客とバーテンを隔てる不可視の境界線。磨かれた木目の表面をなぞる。エースは、何時だって滑稽なくらいに真摯だった。疑うなと胸のうちで繰り返す。<br />
　隠していることがあると寂しそうに吐露したエースを、決して疑うなと。<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
　十日目に鳴らないはずの携帯電話が鳴った。明け方の四時に三コール。間をおいて、ワンコール。取り決め通り三度目を奏で始めた機械のフラップを開けると、前置きなく喋り出す。<br />
「オヤジの周りを嗅ぎまわってる奴がいる」<br />
　声には聞き覚えがあった。「オヤジ」こと「白ひげ」を戴く組の、幹部の一人。冷然とした美貌を思い出す。<br />
「正確には二ヶ月前から。一人。一週間前、警備の隙を狙ってオヤジに接触した」<br />
　聞く前に要点を説明していく。切れ味の良い話し方は口を挟む隙もない。しかし、そもそもマルコは「白ひげ」にとっては非公式の客分扱いだ。組織の動向など報告される理由がない。しかし、あいにく疑問は発する前に応えられた。<br />
「それがおまえの店に入っていくのを見たと聞いた」<br />
　一瞬の遅滞の後に、事態を正しく理解する。思わず息を飲んだ、その呼吸は機械越しにも伝わってしまっただろう。<br />
「馬鹿な」<br />
「黒髪癖毛、十代後半から二十代の背の高い男。思い当たる節は？」<br />
「ある、が、待てよい」<br />
「名前は」<br />
「&hellip;エース」<br />
「&hellip;&hellip;ふん、どんぴしゃだ。おまえさんの古巣からだ。いい度胸だ」<br />
「イゾウ、待て」<br />
「身の潔白は行動で晴らせ。そいつは次に何時来る」<br />
「ここにはもう来ていない。だから&hellip;」<br />
「下手なかばいだてをするなよ、『不死鳥』の」<br />
　来たら連絡を寄こせ。答を待たずにぶつりと切れた。苛立ちまぎれに投げ捨てる。まさかという思いと、やはりという思いが入り混じる。エースが狙っていたのはマルコではなかった。それでいくつかのことは腑に落ちる。しかしよりによってオヤジを狙っていたというのなら最悪だ。それが目的でこの街に来たのか。偶然だと思っていたことは、どこまでが偶然で、どこまでが意図的だったのだろうか。マルコが「白ひげ」の庇護下にあると知っていたのか。わかっていて近づいてきたのか。しかしそれでは、今、自らに疑惑を持たせて消える意味がわからない。<br />
　マルコの古巣である「組織」と「白ひげ」は対立する関係にある。マルコの引き起こした厄介事により跡継ぎを失った「組織」は内部の争いが表面化し、ここ数年は凋落の気配が著しい。反して、昔から一定の勢力を保ちつつも穏健派だった「白ひげ」は十数年前に突然拡大に転じ、大小の組を呑み込み、今や昇竜の勢いで「組織」を浸食しようとしている。きっかけとなった出来事に諸説はあるが、一人の男の死が引鉄になったという説が有力だ。この時代に「大悪党」とまで呼ばれた男。その死を契機に裏世界の地図は大きく様相を変えていった。マルコがまだ成人になったばかりの頃の話だ。<br />
　勢力図の塗り替えにより境界を接するようになった二者は今や一触即発の状況だ。何が抗争のきっかけになるかわからない。そこに元「組織」の人間で、今は裏切り者として「白ひげ」に庇護されているマルコが、白ひげに接触した「組織」の人間と会っていたとなれば、それは疑惑ではすまない。イゾウの対応は生温い。マルコが同じ立場にあれば、深夜だろうが明け方だろうが、引き摺って来て力づくで口を割らせる。まだ隠されていることがある。<br />
　浅い眠りから引き剥がされた頭が痛んだ。薄暗い事務所の中、ソファの傍らに転がした壜を煽る。喉を焼く酒がわずかに苛立ちを宥める。久々に口にした青年の名がひどく懐かしかった。エースは何故白ひげに近づいたのか。殺すためか。それに失敗したのか。それとも別に目的があったのか。それを達したのか。エースがここに戻ってきたらどうするのか。<br />
報復を受けると分かって突き出すことなど考えられない。ならば大恩ある人を裏切って逃がすのか。瀕死でゴミのように転がっていた己を救ってくれた人間を裏切るのか。エースの目的がオヤジの生命だったとしたら、己はどうすればいい。<br />
　エースにオヤジを会わせてみたいと思っていた。知らずそれが叶っていたとは滑稽な話だった。決してこんな状況を望んだわけではなかった。自分勝手な思考に知らず自嘲する。<br />
それでも、まったくの場違いとわかっていても、オヤジがエースを見て何を感じたのか、聞いてみたかった。<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
　十五日目に再度サッチが訪れた。「白ひげ」にエースが接触しようとしたこと、イゾウから伝えられたエースの正体は既に伝えてあった。携帯電話の向こうでしばらく絶句して、深刻な声でなんでおまえが一方的におれのケータイ知ってんだよとぶつくさ呟いていた。わかっていても派手なリーゼントを見ると殴りたくなる。<br />
　その上、マルコの顔を見るなり「年頃の娘に家出されたヤモメ男みてぇ」などとぬかしたから「心労のあまり」オーダーを間違えてミルクベースのカウボーイを出してやると心底情けなさそうな顔になったことのでようやく溜飲を下げる。<br />
「エースが昔のおまえんとこのって情報は本当みたいだ。よっぽど本家筋に近いけどな」<br />
「見た顔じゃなかったよい」<br />
「入ったのは二、三年前ってとこだろ。何かワケありっぽい話もちらほら聞いたしな」<br />
　何か最近ごたついてンだよな。世代交代の気配もあって、キナ臭い。グラスの中身をちびちびと啜りながら、サッチがぼやく。「若手ん中じゃ一番の有望株って話とさ、あいつなんざ全く信用ならんって話が両方聞こえてくるわけ」<br />
　そっちは？と聞かれて「何も」と応える。<br />
「あれから別に催促も来ねェ。オヤジが狙われたってンならもっと殺気だってもおかしくねェはずだよい」<br />
　そもそもエースがオヤジに「接触」したという言葉が曖昧だ。襲撃でも談判でも直訴でもない。いったい何をしたら「接触」なんてニュアンスの言葉に落ち着くのか。<br />
「そりゃ解せねぇけどなァ。そっちは結束固すぎて探るのちょーたいへんなんだもん」<br />
　どちらにしろ探されていることに違いはない。エースが姿を消したのが二週間前。「白ひげ」から追われ始めたのがその三日程後。十日にわたってエースは逃げおおせている。あるいは既にこの街から出て、戻ってくる気はないのかもしれない。そうであった方が良いのかもしれない。例え死体となっていたとしても、それを親切にマルコに伝える人間はいるまい。<br />
　何故ここでただ待っているのだろうか、約束もしていない、何も交わしていない、エースの行くべき場所も帰るべき場所も知らない。待っていることすらエースは知るまい。<br />
「&hellip;またウソ寒ィこと考えてンだろ」<br />
「&hellip;&hellip;別に。てめェの悪趣味ほどじゃねェよい」<br />
　空になったグラスを押しやって、カウンターにべたりと張りついてサッチがにやつく。<br />
「おまえが動けばこじれる。わかってンだろ」<br />
　忠告ひとつ、素直に寄こせない男にため息が出る。黙って二杯目を差し出してやる。<br />
「&hellip;&hellip;ラム？ミルク？」<br />
「ありがたすぎて手が滑ったよい」<br />
「&hellip;なんかいいダークラム使ってやがるし。もったいねぇ&hellip;」<br />
「よりにもよっててめェがぬかすな」<br />
　サッチ専用の芋焼酎も大概良い品だ。一緒にしまってあるエース専用と、それを見せたときの赤く染まった頬を思い出す。舌打ちしそうになる。こういう記憶の連鎖が一番堪らない。<br />
　冷酷に最悪の事態を想定する思考と、無造作に記憶をなぞる感情が交互に押し寄せる。まさかと思い、もしもと考える。期待し、期待しまいとする。諦めようとし、諦めまいとする。振り子のように揺れる感情に振り回される。嘘を吐くことも表情を隠すことも慣れている。なのに綻びを止められない。サッチなんぞに心配されるほどに。<br />
　リーゼントのチェシャ猫が見透かすように目を細める。あらためておかしな男だった。信用してしまっている自分自身も可笑しかった。もっと滑稽なのはエースがいなければ、互いにここまで踏み込むことはなかったとわかっていることだ。<br />
「&hellip;よくよくお節介な野郎だよい」<br />
「黙らっしゃい。あー役に立たないオッサンはほっといて蛇の道にでも聞いてみっかな」<br />
「死なねェ程度にはしゃげよい」<br />
「おまえこそ見慣れねぇのがニ、三うろついてんぞ」<br />
「イゾウの手だろい」<br />
「信用されてないな」<br />
「されようがねェよい」<br />
「違いねぇ」<br />
　笑う男に今度こそは正しいオーダーを叶える。元より返せるものなどそれしかなかった。<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
　事態は進展を見せないまま一ヶ月が過ぎた。追手に踏み込まれることもなく、裏切り者として申し開きに呼ばれるようなこともない。何事もなく過ぎていく日常に違和感すら覚える。<br />
　エースの消息は杳として知れない。ガラの悪いのがうろついている所為で少ない客足はさらに少なくなった。猫も警戒しているのか、店が閉まってからしか来ない。来れば隣の不在の席をじっと眺めている。サッチだけは時折ふらりと寄るが情報共有だけですぐに出ていく。<br />
　眠るためだけの部屋に帰る気もおきず、事務所で寝起きする日々が続く。ここで待つだけなのかと歯噛みしながらも、ここで待っていなければならないという強迫観念じみた思いがある。毎夜狭いソファで眠るためのアルコールを自動的に送り込む。浅い眠りを貪って、決まって届かない夢で目が覚める。エースであり、かつて守れなかった人間であり、誰ともわからない人である影に手を伸ばしては、失う。<br />
　エースは何故ここにいたのか―――。分かった気でいた。何も約束しなかった。伝えたつもりでいた。さらけ出すことなどできなかった。携帯電話の番号を教えろと言った。そんなものがあっても連絡などとれない。そういうもんじゃないだろ、と聞きわけのない子どものようにたしなめられた。あれから何日が経ったのか。<br />
　疑うな。疑うなと繰り返す。それだけが理性を支えている。全ての可能性を考えて、理解して、覚悟した上で、それでも疑うなと。<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
　四十日目。<br />
　仕事の途中だった。事務所に置きっぱなしの携帯電話の振動に気付いたのは偶然だった。見知らぬ番号にまさかと思った。通話ボタンを押すことすらもどかしい。<br />
「―――&hellip;」<br />
　聞こえてきた声は予想とは違った。しかし予想以上の人間だった。呼ぶ声がわずかに震えた。<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
「―――オヤジ」<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
（いねこ）<br />
<br />
<br clear="all" />
]]> 
    </content>
    <author>
            <name>いねこ</name>
        </author>
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    <published>2013-04-14T22:17:41+09:00</published> 
    <updated>2013-04-14T22:17:41+09:00</updated> 
    <category term="OP" label="OP" />
    <title>アルコールとセックスと猫、そして彼をめぐるいくつかの謎　５</title>
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
      <![CDATA[&nbsp;<br />
<br />
<br />
<br />
&nbsp;<br />
五　話<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
　何の前触れもなく姿を現したと思ったら、「言っとくけど、飲みに来たんじゃねェから。さっきそこで、知らねェ女のコに、これあんたに渡してくれって泣き付かれちまって、嫌々、仕方なく、だ。きっちり受け取れよな」と、ドアのところから手にした封筒をこちらに投げて寄越そうとする。<br />
　目配せをひとつ。わかっていると言わんばかりに、タウザーはふっさりと黒い波を起こしてスツールから降りると、突っ立っているエースの足許に、くるりとまとわりついてみせた。ドアを出て行こうにも、どうにも尻尾が邪魔をする。<br />
　踏むぞ、とエースはタウザーを睨み付けた。踏めるものならな、と挑発するように猫が赤い口で鳴く。<br />
「――そんな不届きな真似、一度だってされたことねェよいって、あんた言ってたくせに。あんなコ相手にザマぁねェな」<br />
　飲み逃げされたの知ってンだぜ、と小バカにしたような目付きで見られて、目上の人間としては、おそらく説教のひとつもくれてやらねばならない場面だったにもかかわらず、マルコは思わず笑ってしまった。<br />
「ザマぁねェよい」<br />
「わ、笑うとこじゃねェだろ！」<br />
　多分、今初めて、実感というのをさせられたと思う。なんとまあ、ありふれた、使い古しの理由。<br />
「&hellip;&hellip;&hellip;捨てられちまったかと思ってたよい」<br />
　あれこれすっ飛ばして、ぽろりと本音が零れた、その瞬間にエースが見せた表情が、無防備過ぎて虚を衝かれた。ふて腐れた態度で、油断したら最後、おれだってと口走ってしまいそうな自分を、必死に押し隠そうと口許を手で覆う――たぶん、そんな感じであるはずの、その子供じみた人恋しさが愛おしかった。<br />
「――別に、たまたま通り掛かっただけなんだ。そしたら、ちょっと綺麗なコがこの階段の一番上のとこから壁にすがるみたいにしてこっちを覗き込んでて――」<br />
「それで？」<br />
「声かけたさ！悪ィかよ、それが？」<br />
「――なんか悪ィのか、それが」<br />
　エースは目を合わそうとしない。<br />
&nbsp;<br />
　本人はあくまで慎重に店の様子を探っているつもりだったのだろうが、傍から見れば怪しいどころの話ではないし、まるで気乗りはしなかったが、そこは性分というやつで、どうかしたのかと一応訊ねてみたら、突然、やたらデカイ目から、ぶわっと涙を溢れさせた、のだと言う。<br />
　わたし、この地下にあるバーから通報されてるかもしれないんです。お詫びに行かなきゃいけないなんですけど、この辺りってなんだか薄暗いしお店の人きっと凄く怒ってるしひとりじゃ怖くて、と周囲の目も憚らず泣きじゃくったという相手に、エースは心底辟易したのだろう、げっそりと恨めしげなまなざしでこちらを見遣る。<br />
　そこの兄ちゃん、女泣かしてンじゃねェぞコラ、と野次馬から無責任な声まで上がり始めたので、やむなく角のコーヒーショップに入ったというエースに、そりゃ災難だったよいとマルコは心から同情した。あの店のコーヒーは、ホットでも冷汗が出るほどに不味い。<br />
「数年越しで付き合ってる彼氏に、いきなり別れ話切り出されたらしくてさ。大事な話があるっていうから、てっきりプロポーズだと思ってたらそれで、なんで急にそんな展開になっちまうのか心当たりもねェし、そいつと別れたあと、やけっぱちで『胡散臭い』店にひとりで入ったんだってよ。『お店の人は背が高くて愛想もなくて目が怖いし、他のお客さんはひとりもいないし、おまけにいつのまにか彼の好きだったお酒を頼んじゃってるし、でももうあのひと元カレになっちゃったんだ、って』」<br />
「――ああ」<br />
「それでわけわかんなくなっちまって、次に我に返ったら、どうやって帰り着いたんだかまったく記憶にねェらしいんだけど、何せ自分の部屋でわあわあ泣いてたんだとさ」<br />
　以上、と肩を竦める。こんだけ聞き出すのに、軽く一時間超えだぜ？<br />
「女一人でバーで飲むタイプじゃねェなとは思ったがよい。おどおどしてるわりに、オーダーは慣れた調子だったからつい油断しちまった。コースターにロックグラス置いた瞬間に、号泣されちまってよい。そのまんま店を飛び出して行っちまったんだが、何せこっちも呆然としちまって追い損ねた」<br />
「『お金、渡しといてくれませんか？それであの、ごめんなさいって――お願いします』だってさ。無理矢理これ押し付けられちまって、なんか凄ェ逃げ足早ェの」<br />
　これ――封筒から千円札を二枚引き出してカウンターに投げる。<br />
「足りねェよい」<br />
「はァ？一杯だけだろ？なんか高い酒だったのか？それとも――ああ、チャージか」<br />
「別に。この店で一番安い酒でも、それっぽっちじゃ飲めねェよい」ぱちくり、と余程意外だったのか、エースが目を丸くする。「たしか、カルーアミルクだったな。不足分は――」<br />
　額を言うと、相手は暫し絶句した。<br />
「嘘だろ？そんな高いのか、この店。だったらいつも、おれ――」<br />
「お前のは、そのうちまとめて請求してやるよい」<br />
「それであんたの店、客がいねェのな。やっとわかった」<br />
　わかってねェよい、と気付かれぬようマルコは、唇を歪めた。この店に客がいないのは、勘定が高い所為も無論あるだろうが、第一に、出される酒が中途半端に不味いからだ。美味ければ、たとえどれほど高かろうが、そのうちに通い詰める者が出てくるはずで、それは困る。かといって、不味すぎることで人々の口に上るのも、彼にとってはこれまた都合が悪い。<br />
「こっち来いよい」<br />
「あのコの不足分肩代わりとか、絶対断る。コーヒーぐらい最初から奢るつもりだったけど、どさくさまぎれとか遣り口が汚ェよ。あんたの方は、多少足りねェにしても、ゼロよりはマシだろ？」<br />
「お前を寄越した時点でチャラだよい。それよりそのスツール、いい加減に勘弁してくれねェと埃が積もっちまう」<br />
「――『予約席』ってプレート、置いてあるぜ」<br />
「お前の席だよい――いいから来い。見せてェものがあるんだよい」<br />
「見せたいもの、って？」<br />
　おいで、と低い声で囁くように手招く。とおい昔、誰かを思わせる特徴のある毛並みが懐かしくてどうにもならなくなり、こちらをじっと観察しているタウザーにかけたのと、言葉だけは同じだ。ややあって、舌打ちしながらエースは、カウンターの一番端、彼の指定席へと足を踏み出した。<br />
「そっからこっち側、覗いてみろよい」<br />
　しぶしぶといった様子で、たしか一八五㎝ほどだと言っていた長身のエースでも胸の辺りまでの高さがあるカウンターに、ひょいと上体をのりあげる。身のこなしが、目を瞠るほど軽い。<br />
「覗くって何を」<br />
「おれの手許だよい」<br />
　これみよがしのため息を吐いてから、酒を作る為のスペースを言われるがままに覗き込んで、エースはその頬をかあっと紅潮させた。<br />
「甘やかしすぎだ、ってサッチが揶揄いやがるからよい」<br />
「&hellip;&hellip;&hellip;バカみてェ」<br />
「おれ専用のカルヴァドスと、サッチ専用の芋焼酎、それから――」<br />
「チェリーの酒、だったよな？」<br />
　特別扱いしてるってのを、できればあんまり気付かれたくなかったんだよい、と本音を洩らせば、なんで？とエースが俯く。<br />
「さあな。お前が来なくなったあいだに、忘れちまったみてェだよい」<br />
　「見せてェもの」ってのはこれだけだ、と指で弾くようにして額を押し返す。カウンターのこちら側には、絶対に見られてはならないものが他にもある。<br />
「――マルコ」<br />
「なんだよい」<br />
「他に隠してることは？」<br />
「いくらでもあるよい」<br />
　うん、とエースはしかたなさそうにわらった。<br />
「作ってくれよ、いつかの」振り切るように、朗らかな声を張り上げる。「なんとかセブンだっけ？」<br />
「セブンス・ヘブンだよい」<br />
「それ何？」<br />
「どっかの宗教に、そういう最高の天国があるんだってよい」<br />
「ふうん。おれたちにはきっと縁がないな、天国なんて」<br />
　そう呟くエースの瞳が、暗闇の色をしている。マルコの記憶にあったものよりずっと深い色合いの、さながら暗黒。胸騒ぎがした。<br />
　なんでもないようなスプリングがひとつ。<br />
　仮にそれを見られたところで致命的な事態を招くはずもないと、そうマルコは自分に言い聞かせる。<br />
　いつもの自分なら絶対にしなかったミスだ。それでもあのとき、そのまま出て行かせてしまったら最後、二度と自分の前に姿を見せないであろうエースを、どうしてもマルコは引き止めたかった――この先の人生を秤にかけてでも。<br />
「おれもある」<br />
　隠してること、と呟く。<br />
「おれほどじゃねェよい」<br />
　ほんとうにいくらでもある。キスしてやりたくなった、とか。<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
「――エース？」<br />
　席を外したのは、たいした時間ではなかったはずだ。<br />
　何処へ行ったのだろうと訝しみながら、カウンター越しに彼の座っていたスツールにふと目を遣って、それきりマルコは動けなくなった。<br />
　万札が一枚。そして重石のようにその上に乗せられているのは――<br />
「&hellip;&hellip;&hellip;ベレッタ」<br />
　愛銃をいまさら見誤りようもない。カウンターの内側に極限まで分解して置いてあるそれを、思い出したように念入りに掃除しては、また組み立てる。平穏に慣れた日々のどこかで、それが許されるわけもないと、自分に思い知らせるために銃の手入れに没頭していれば、なにもかも遠いところの出来事のように思えてくるのが、マルコは好きだった。<br />
「エース、お前――」<br />
　言葉が続かない。<br />
　スライドとフレーム、マガジンあたりはそれなりにカムフラージュして抽斗、あとは無造作にグラスに突っ込んで棚の奥に押し込んでおいたはずだ。エースが久々に現われたときは、このところ怠けていたベレッタの分解掃除を始めたところで、客が来たときにいつもそうするように、気配を感じると同時に全て隠したつもりが、相手が相手だと平静ではいられなかったらしい。スプリングだけが手前に残っていたというわけだ。<br />
　完全に分解してはいなかったが、それでもパーツは全部でいくつあったろう。それらすべての在り処を、おそらくはマルコの視線から探り、精確に組み立ててみせた銃を見せつけるようにして、エースは消えた――消えてしまった。<br />
&nbsp;<br />
「おれは、わかってたよい」<br />
&nbsp;<br />
　いつかこんなふうに、終わりがやってくることを。<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
（こよいさま）<br />
<br clear="all" />
]]> 
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            <name>いねこ</name>
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    <link rel="alternate" type="text/html" href="https://ichini.blog.shinobi.jp/op/%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%81%A8%E3%82%BB%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9%E3%81%A8%E7%8C%AB%E3%80%81%E3%81%9D%E3%81%97%E3%81%A6%E5%BD%BC%E3%82%92%E3%82%81%E3%81%90%E3%82%8B%E3%81%84%E3%81%8F%E3%81%A4%E3%81%8B%E3%81%AE%E8%AC%8E%E3%80%80%EF%BC%94" />
    <published>2013-04-06T22:26:19+09:00</published> 
    <updated>2013-04-06T22:26:19+09:00</updated> 
    <category term="OP" label="OP" />
    <title>アルコールとセックスと猫、そして彼をめぐるいくつかの謎　４</title>
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
      <![CDATA[<br />
<br />
<br />
<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
四　話<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
「バイトでも雇う気ない？」<br />
「藪から棒になンだよい」<br />
　ふた月程で、猫の隣がエースの指定席になった。毎日でも決まった曜日や時間があるわけでもない。ただふらりと二、三日おきに現れて、差し出される酒を美味そうに飲んで、他愛のない話をして帰っていく。<br />
「こんな暇な店に人を増やしてどうする気だよい」<br />
「だから、人増やして、ちゃんと宣伝して、お客さん増やすんだよ」<br />
　あの夜のことを持ちだしたのは一度きり。酷く酔っていたし、その次のときには何も言わなかったから忘れているかもしれない。そう思うのも都合のよい願望にすぎないとはわかっている。<br />
「ここは暇でいいんだよい」<br />
「暇ならさ、どっか遊びに行こう」<br />
「随分強引な理屈だよい」<br />
　エースの話はいつだって唐突で、その思考の飛躍をこの頃は楽しんでいる。嬉しそうに、探るように、偉そうに、くすぐったそうに、寂しそうにエースは感情を揺らがせる。豊かに、あけすけに、そのくせ、肝心なことは奥深くに隠す手合いだと、根拠もなく確信している。<br />
「遊びてェならサッチあたりを誘えよい」<br />
　多分うんざりするくらい引き摺りまわしてくれる。その回答はどうやら気に入らなかったらしい。口先が尖る。<br />
「じゃあさ、携帯番号教えて」<br />
「持ってねェよい」<br />
「&hellip;&hellip;連絡つけらんねェじゃん」<br />
「ここに来りゃいるだろい」<br />
「そういうもんじゃないだろ」<br />
「そうかい」<br />
　そういうものじゃない、ならどういうものだとこの青年は言うだろう。聞いてみたい気もするが、口にはしない。ここに来れば、会える。来なければ、会わない。エースの番号をマルコは知らない。知っているのは着信音の「雨に唄えば」だけ。<br />
「休みの日は何やってンの」<br />
「何も」<br />
「&hellip;ここの店は長いの？」<br />
「ああ」<br />
「どれくらい？」<br />
「十年以上だねい」<br />
「オーナーいるの？暇でいいなんてさ、どんな人なの？」<br />
「確かに変わりモンだねい。まだ若いってのに南の島で楽隠居してるよい」<br />
　おかげで気楽で暇なバーテンをやっていられる。自分で言ってもみてもろくでもない話だった。他人の金と他人の度量で無為を食んでいる。過ぎた待遇。<br />
「あんたも、そんなふうに暮らしたい？」<br />
「おれはここで十分だよい」<br />
「&hellip;ずっとバーテンやってたの？」<br />
「そうだねい」<br />
「どうしてこの街に？」<br />
「理由なんざねぇよい」<br />
「何から逃げて？」<br />
「&hellip;&hellip;」<br />
　言葉に詰まる。グラスを磨く手を止めれば、覗きこむ眼差しとぶつかる。追い打ちをかけるように再び問い。<br />
「恩人ってどんな人？」<br />
「&hellip;&hellip;今日はえらく聞きたがりだねい」<br />
　今日はさほど飲ましていないし、別に不機嫌という訳でもなさそうだ。何を知っているのかと疑って、そんなはずはないと打ち消す。<br />
「詮索されんの、あんた嫌いそうだから」<br />
　この青年と再会したのは偶然だ。引き留めたのは己だ。ここに招いたのは。だから、そんなはずはない。<br />
「我侭言われんのも、嫌いそうだよな」<br />
　不意にくたりと微笑う。それだけでわずかに安堵する。エース、と呼びかけようとして、遮られる。<br />
「なあ、そのカウンターの中、入ってみたい」<br />
「駄目だ」<br />
「なんで？」<br />
「&hellip;ここは、」<br />
　反射で拒絶して切り返されて言い淀む。無様極まりないと自嘲する。この青年は何を知っているのだろうか。何を知りたいのだろうか。それとも、己が過剰にすぎるのだろうか。過剰に、何を怖れているのだろうか。<br />
「&hellip;バーの裏側なんざ、客に見せるもんじゃねぇよい」<br />
　そうか、と黒い頭が素直に頷いて、でもさ、と呟く。<br />
「あんた、少しはそこから出てこいよ」<br />
「バーテンに言う台詞じゃあないねい」<br />
　真直ぐな眼差しから目を逸らす。かちりとグラスを噛む音が聞こえる。エースの癖。ふちを挟む薄い唇と獣みたいに尖った犬歯の。<br />
「あんたは嘘吐きだ」<br />
　隙間からこぼれる弾劾はどこか柔らかい。<br />
「本当はケータイを持ってるし、ここに来たのも十年前じゃないし、ここのオーナー若い人じゃないだろ」<br />
「、エース」<br />
「ケータイは、裏口から入れてもらったときに転がってるの見た。『SLEEPING IN』があの場所に移ったのは八年前だ。あんたあそこで修行したって言ったろ」<br />
　探したとき、ちょっとだけ調べたんだ。そう言って、言葉を切る。<br />
「&hellip;&hellip;&hellip;」<br />
　言い訳のしようもないし、弁解するほどのことでもなかった。少しばかりしまったと思ったが、むしろ今度目を反らしたのはエースの方だった。<br />
　うつむいた額に癖っ毛がかかる。青年らしい鼻筋と、子どもみたいな雀斑。憤りで口元を歪めて、眼差しは手元ではないどこかを見ている。<br />
　本当の歳を聞いたことはない。ラストネームも知らない。どこに住んでいるのか、何をしているのか、どうしてここに来るのか。何故そんな顔をするのか。<br />
「おれは、あんたの言葉の裏なんて知らない。あんたの考えてることなんて、これっぽっちもわかンねェよ」<br />
　手の中の最後の一口を飲み乾す。隣の猫がするりと席を降りる。「ごちそうさま」と律義に言って幾ばくかの紙幣を置く。来たときと変わらない足取りで出ていく後ろに、タウザーが尻尾を揺らしてついていく。猫も人も振り返ることはなかった。<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
　喧嘩をした。らしい。<br />
　少なくとも先方は喧嘩をしているつもりらしい。とは言え、二十代の青年の意味する喧嘩が四十間近のそれと同じかどうかは怪しいところだ。何故ならまずもって、マルコには原因がわからない。何に怒っているのかわからない。表層の現象は、ただ青年が店に来ないということだけだ。二日と置かず目の前に現れた雀斑顔を十日近く見ない。喧嘩したらしいということも、昨日ふらりと寄ったサッチに聞かされた始末だ。当事者がその事実を第三者から聞くというのもおかしなものだ。<br />
「身に覚えねぇの」<br />
「ないよい」<br />
「そりゃ最低」<br />
　いつから来てないかと問われて、十二日前の日付を答える。何を話したか最大漏らさず教えろと言われて記憶を探る。<br />
　暇な店のこと。携帯の番号。いつになく聞きたがりだったエースの口元。少しばかり機嫌を損ねたが、そんなことは良くあることだ。次に来るときはいつだって、屈託がなかった。<br />
「おまえ自覚ないのね」<br />
「何の」<br />
「そんだけ隅々まで覚えといて、なんでわかんねぇのさ」<br />
「何を」<br />
「&hellip;おまえのケーバン、おれも知らねぇ」<br />
「かかって来てもとらねェよい」<br />
「メールは？」<br />
「あらかじめ来るとわかってるものしか見ない」<br />
「せめてエースにもそれを言えよ」<br />
「理由を聞かれても納得させてやれねェよい」<br />
「&hellip;他のやつは」<br />
「ここの登記と届け出がそうなってる。矛盾したら混乱するだろい」<br />
「&hellip;&hellip;&hellip;」<br />
　不正な営業をしていると言ったも同然だったが、サッチはため息ひとつだけついて、何も言わなかった。ささいなことだ。マルコにとって嘘をつくのは習い性だが、エースを騙すつもりで吐いた嘘などひとつもない。息を吐くように偽るのに慣れて、そして、暴かれない嘘ならもっとたくさんあった。<br />
「教えてやろっか」<br />
　にやにやとチェシャ猫じみたリーゼントが笑う。喧嘩などしていない。喧嘩をするほどの意見の相違などない。エースが一方的に怒っているだけで、気が晴れれば戻ってくるし、呆れ果てたなら二度と来ないだろう。喧嘩、などではないのに。<br />
「おまえが悪い」<br />
「&hellip;」<br />
「嘘が悪ィんじゃねぇよ。おまえののらりくらりの態度が悪い」<br />
　黙って氷を削る。スピリッツ用の丸い氷を削るのは嫌いじゃない。集中していれば、まとはずれな戯言も聞き逃せる。<br />
「喰う気がねぇなら、気ィもたせるような態度とんなよ」<br />
　知ったような口ぶりに片眉をあげる。腹が立つほどに正確に読み取ってサッチが応える。<br />
「エース見てればすぐに分かんじゃん。&hellip;ってのもまあウソじゃねぇけど、こないだ偶然会った時、酔い潰しちゃって全部吐かせちゃった」<br />
　キラッと自分で言うウソ寒い野郎と手元のアイスピックを見比べる。死体の始末が面倒だよいと呟けば、殺しても死ななそうな男がけたけたと笑う。笑って、スツールから落ちて這い上がって笑いすぎの涙を拭って、ふざけた仕草のまま穏やかに問う。<br />
「もうひとつ、教えてやろっか？」<br />
「&hellip;&hellip;いらねェよい」<br />
「おまえは途方に暮れてんの。動揺してんの。だからおれにしゃべってんの」<br />
「&hellip;&hellip;&hellip;」<br />
　歪になった出来そこないの氷を放り出して、マルコは憮然と今時リーゼント頭などを晒す喰えない男を見返す。マルコがサッチにしゃべるのがおかしいと言うのなら、この男がここまで踏み込んでくるのも、今までにないことだった。互いに言わず聞かずを暗黙の了解としてきた。それでも、この男はおそらく知っているのだろう。誇張して流された噂話は碌なものではなかったはずだ。それでものうのうとここで他人の事情にお節介をやいている神経が理解できない。<br />
「てめェは何がしたいんだよい」<br />
「とりあえずさ、『おれを挟んで喧嘩すんのやめてくれる？』」<br />
　自分から口ばしを突っ込んでおきながら、いつだって軽薄なリーゼント頭は似てもいないエースの真似を披露する。<br />
「エースから伝言。聞きたい？」<br />
「&hellip;&hellip;」<br />
「愛してるっていってくれなきゃゆるさないゾって」<br />
「&hellip;&hellip;&hellip;もうちょっとまともな嘘をつけよい」<br />
「んじゃ、とっとと腹括りやがれヘタレ野郎」<br />
「てめェの戯言なんざ聞いてねェ」<br />
「迷惑なら、もう行かない」<br />
「&hellip;&hellip;」<br />
「おれ、結構楽しかったけど、あんたにとっては違ったのかもな&hellip;ってこりゃ伝言じゃなかったな。なぁ&hellip;どれが本当だと思うよ？」<br />
　返信も預かるぜとサムズアップしてみせる男をトレイで優しく撫でて、とびきりキツい一杯を与えて黙らせる。<br />
　こんな男に伝書鳩を頼んだのでは、きっと、言わないことまで伝わるに違いないと。<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
　どれだけ酔態をさらしてもきっちり金だけは置いていくサッチを追い出して店を閉める。<br />
　薄暗く灯りを落とした店内にタウザーが戻ってくる。ミルクとフードを出してやり、自分用のグレンリベットをグラスに注ぐ。猫はサッチにはなつかない。煩すぎるのだろう。いつも入れ替わるように出ていき、見計らったように訪れる。客の中ではエースも騒がしい方だが、不思議と傍に寄っても逃げない。うまが合うのか、呼吸が合うのか、真っ黒の癖っ毛が並んで座れば黒猫が二匹という風情がある。<br />
　強いアルコールを舐めながら、一人笑う。うっかり猫に例えてしまった「恩人」もきっと彼を気に入るだろう。威厳に満ちた巨体に磊落な笑みを浮かべてエースの向こうっけの強さを喜ぶだろう。会わせてみたいものだと思うが、そんな機会は決してこまい。あれをこちら側に引きずり込んではならない。<br />
　あけすけに笑うエースはどこか不安定だ。あちらとこちらの境界線の上を揺れているように見える。引けば容易く手の中に墜ちてくるのかもしれない。もう一度と望めば拒まれはしないのかもしれない。あるいは明日、己がここからいなくなるのだとしても、悪党が欲しいものに手を出さない道理などない。本当は。<br />
　カウンターの中を見せてほしいと言われたとき、にべもなく拒絶した。そこにマルコのろくでもない「お守り」がある。悪徳の固まりでしかないそれを、いまだに手の届く場所から離せずにいる。それを腹の奥に呑んだまま、素知らぬ顔で無為と平穏を貪っている。<br />
―――かつて「組織」に泥を塗って逐電したとき。それを手に入れた代わりに、もう二度と失う人間は手にいれまいと願った。<br />
　無造作に壜を傾けて、ごぼりと溢れ出る酒を眺める。琥珀の香りとともに封じていた記憶が溢れる。ウイスキーならアイラ。テキーラならマリアチかエルテセロ。たいして飲めもしないくせに、癖のある酒ばかり好きな男だった。<br />
　かつて、王として生まれついたような男がいた。その将来はあらかじめ「組織」の跡継ぎであると決まっていた。唯人なら過酷な責務が、まるで――少年だった時分から――その器に足りないかのような人間だった。この上なく得難い資質。誰もがいずれ彼に率いられる「組織」の繁栄を信じた。今となれば滑稽極まりないことに、マルコもその一人だった。死線をさ迷う程の傷を負ってその男を守り抜いた。要らぬ二つ名までもらって、慣れぬ守り役を引き受けて、生きていくためにあらゆる人の善意と悪意を教えた。懐いてくるのを無碍にすることはできなかった。<br />
　ある日その男が言ったひとことがマルコの人生を一変させた。「ここは、狭すぎる」と。<br />
　明るく言い放つ奥に冷たい怒りがあった。頑是ない子供のわがままのようなのに、「組織」が抱える問題を鋭敏に指摘していた。そこはあらゆる場所に隠然たる力を持ちながらも、旧弊に縛られた世界だった。その男を縛りつけるには、あまりにも矮小だった。男は力に満ちていた。ここに生まれていなければどれほどの運命を選べたのだろうと思った。そしてそれまで、己が彼に良かれと教え強いてきたことがどれほど無意味に響いたのだろうかと。<br />
　庇護し仕えるはずの人間を逃がした。資金源をひとつ潰してつくった金を持たせた。最後の日、男は清々と笑って「ともに行こう」と片方しかない右腕を差し伸ばした。逃亡のさなかで、男は左腕を失っていた。追手に傷付けられたのではない。行きずりの子どもを事故からかばって負った傷だった。心底呆れて心底恐怖した。何故笑っていられるのか。何故裏切った相手に手を差し出せるのか。失われたのが、何故己の腕ではなかったのか―――。<br />
　頷けなかった。どうしようもなく魅かれていた。何もかも否定された憤りがあった。あの明朗な狂気を呑み込めると思わなかった。差し伸べられた手を拒絶した。まともではない世界で裏切り者の名を受け容れ、逃げ続けることを選んだ。もう二度と失う人間は手にいれまいと願った。<br />
　あれから五年。追っ手に囲まれ、行き倒れ寸前を拾ってくれたオヤジへの恩は計り知れない。薄暗い安寧の中で、泥を食むような怒りも、真綿で首を絞められるような後悔もゆっくり忘れていった。このまま爪を隠してここに埋もれていくのも悪くないと思っていた。<br />
　そんな時に現れたのがあの青年だった。―――似てはいない。決して似てはいないのに、思いだす。笑っていたかと思えば遠くにある眼差しが、馴れた風情と滑稽な程の真摯さが、容赦のない暴力と子どものような含羞が。あけすけなのに隠される本心が。何より、否応もなく人を惹きつける力が、薄れたはずの記憶を甦らせる。<br />
　引けば落ちてくるのかもしれない。それでも引いてはならない。招くべきではなかった。もう追い出せもしない。似てはいない。似てなどいないのに、裏切られることを恐れている。二度と来なければ良いと思う。何故来ないのだろうかと思う。<br />
　―――途方に暮れている。<br />
　あれをどうしたいのだろう。あの日魔物のように訪れた真っ白な激情は今はない。ただ深爪の指を、陽に灼けた腕を、見知らぬものを睨み付ける癖を、他愛のない話に笑い転げる馬鹿みたいな仕草を見るたびに、背の裏をざわつく気配がする。グラスに口をつけ、嬉しそうに悔しそうに美味いと言われるたび、我ながらガキじみた満足感が胸をひたす。まだそんな欲があるのかと自嘲する。引きずられているのは己の方か。狼にも犬にもなれず、ここから一歩も動けず、届かないものから目を逸らしている。<br />
　気がつけば開けたばかりの二本目のボトルが空に近い。知らず飲み過ぎた。二日酔いは確定だ。明日は店を閉めるかと考えて、明日には彼が来るかもしれないと考え直す。自分の思考を嗤って、引きずられて落ちる先は何かと考えて、考えることを止めた。<br />
&nbsp;<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
（いねこ）<br />
<br />
<br />
<br />
]]> 
    </content>
    <author>
            <name>いねこ</name>
        </author>
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    <published>2013-04-06T22:19:07+09:00</published> 
    <updated>2013-04-06T22:19:07+09:00</updated> 
    <category term="OP" label="OP" />
    <title>アルコールとセックスと猫、そして彼をめぐるいくつかの謎　閑話２</title>
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
      <![CDATA[&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
<br />
<br />
<br />
閑話　二<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
　皮肉家ではあるかもしれないが、悲観論者からは遠い。秘密主義というよりは、あれもこれも面倒だというクチだろうと、サッチはこの愛想のないバーテンをそう値踏みしているのだが、実例のヴァリエーションには事欠かない過去の実体験を鑑みるに、なぜかいい女に限ってこの類いの男に弱い。貢ぎ物どころか甘い言葉さえ寄越しはしない相手に、止める間もなくズブズブとハマる。波瀾万丈にして喧嘩上等、弱肉強食なチンピラライフを送ってきたサッチが、この酒場へ来るときに限って常に独りなのは、概ねそんな理由で――<br />
&nbsp;<br />
「あ、来た来た！ほら、サッチ来たぜ、マルコ。おれのカン冴えまくりじゃん。まぐれじゃないって、これ絶対」<br />
　そんな理由だったはずが、くるり変わった。最近になってやたらとカオを合わせるようになった、一応は成人しているらしい雀斑の青年。この屈託のないニューフェイスのバカ話をうりうりまぜっ返しながら、マルコに作らせた酒をガンガンやっつけるのが、キレイなおねーちゃんのぱよんぱよんの胸の谷間に、せーのでダイヴをかますよりも愉しい。枯れたかな、とほんのちょっと不安にならないでもないが、あまり深く考えない性質なので、サッチは今日も機嫌がいい。<br />
&nbsp;<br />
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&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
　秘密主義でこそないけれど、この酒場のマスター兼バーテンは、控えめに言って謎だらけ、もとい謎まみれの人物と言える。こないだ酔っ払ったイキオイで羊の代わりにマルコについてわかっていること――他人から得た情報としてではなしに、この店に通うようになって自分が知ったこと――を数え上げてみたら、金髪、ヘンなあたま、じきにハゲの三つしか浮かばなかった。翌朝になって、そーいや目の色が青だったなと思い出したりしたが、なんだか不毛な気がしたので止めた――まあそんな程度だ。たかが知れている。<br />
　ミルクの焼酎割りとオーダーした時点でお高いバーから丁重にお引き取りをと促された経験が一度や二度ではない（客の好みをとやかく言ってるわけじゃねェ、オーダーしたお前の見てくれがヤバすぎた所為だよい、と後にマルコはそんなほろ苦い過去をバッサリと斬って捨ててみせた）サッチは、寝ているのか起きているのか判断しかねるような重い瞼の持ち主の手許に目を遣って、期待に胸を高鳴らせた。そっけないステア。それでも、ミルクと焼酎とが音もたてずに、けれどもサッチの無駄に優れた動体視力を鼻で笑うようなスピードでミキシンググラスの内側を駆けめぐるようすを目の当たりにすれば、目の前の人物の腕前くらい見当が付くというものだ。<br />
　あのとき、一口飲んで、美味ェよ、と涙目で讃えると、バーテンはわずかに――カタギならば気付かずに終わるほどの――動揺の色を見せた。ひやかしの客だと思って油断した、と未だにマルコは後悔を口にする。まさか本当に飲みやがるとは思わなかったんだよい、とわざとらしいほどのためいきを吐いて、エースの前で迂闊を嘆く。<br />
（飲まないと思ったのに美味い酒作って、でも飲まれちまったから失敗？意味わかんねェな、あんたらって）<br />
　わかったようなわからないような表情をしている青年は、たぶんまだ、このバーテンが身を置く深刻な状況を、まったく知らない。<br />
　薄暗いビルの地下。となりの大衆酒場から響き渡る演歌と、もうひとつのとなり、小洒落た焼き鳥屋に流れるムーディーなジャズとが、好き勝手に店内に渦巻いている。どちらの店もあまり美味くはない――マルコの店の客の入りはと言えば、さらに救いようがない。<br />
　わけあって、身を隠している。だから美味くもないが不味過ぎもしない（さらにいうなら、かろうじてトラブルにはならないが高い）酒を言われるままに出し、常連客どころか人の口に上ることのない平凡な酒場を巧妙に作り上げて、素知らぬ顔をしている――<br />
　よくは知らないが、大体そんなとこだろう。下手に詮索して姿を消されでもしたら、かなり傷付く自信があるので、サッチは何も訊かない。<br />
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&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
「で、何よ？」<br />
　席に着いたサッチと入れ替わるように、タウザーがふいと扉の向こうへと消えた。あれは何年前だったか、泥酔したサッチに「今夜はおれと熱い夜を過ごそうぜ」と抱きすくめられ、そのまま必死の抵抗むなしく連れ帰られてしまってからというもの、その警戒心ときたら生半可なものではない。その晩のことはサッチにはまったく記憶はない（爪痕ならば、翌朝起きてみたらたじろぐほどにあった）が、よほど鬱陶しい目に遭ったのだろう。まあ想像は付かなくもない。<br />
　おれのこと待ちわびちゃってたんだろ、とおどけた調子でエースの顔を覗き込む。ははーん、かまってほしーィ、とか？おれオマエなら宗旨替えして喜んで喰っちゃうぜ、とわざとらしく擦り寄ってみたら、頭上からの衝撃にぐしゃりと潰れた。カウンター席だけで事足りそうなこの酒場では滅多に使われることのない銀色のトレイ。手でふれて確かめるまでもない。おかげで自慢のリーゼントスタイルは瀕死だ。<br />
「さ、サッチ？」<br />
「――はぁい」<br />
　おそるおそる揺すられて身を起こした。あ、死んでないと満面の笑みを向けられると、なんかもうどうでもよくなってしまう自分に呆れつつも、サッチはそんなお気楽な自分が大好きだ。<br />
「おれ、こないだからちょっと間、このあたりを留守にしててさ。で、土産買ってきたんだ、ふたりに」<br />
「ンまあ、気の利くコね」至近距離からの投げキッスを躱されて、ちぇー、とむくれる。半ばおふざけ、半ば本気。「まさか、この奇妙な物体とお揃いとかじゃないよな？」<br />
「まっさかー。そんなのあんたら、テレて嫌がるフリするだろ？」<br />
「ハイ！なーんか理由に納得いかねェところがあるんですけど」<br />
「おれもだよい」<br />
「じゃ、やっぱり色違いのストラップとかのがよかったのかな？」心持ち気落ちしたふうで、エースはデカい図体を――尤もマルコも自分も他人のことは言えない――心なし縮めた。「日本酒、なんだけど」<br />
　どうやら米と水の佳い辺りへ行ったらしい。そう聞いて真っ先に浮かんだ土地でちょっと厄介な抗争があったことがチラリとリーゼントの内側をよぎったが、えー、なになに誰と何処行ったって？と、ふざけて訊いたのはするりとはぐらかされた。日本酒も飲むのかと、そういえばこないだ隣り合わせたとき、些かくどいほどに訊かれた気がする。甘酒以外はと答えた記憶も。<br />
　観光客相手の店が建ち並ぶあたりから、ちょっとタウザー似の野良猫を追いかけているうちに路地裏に迷い込み、困っていたら偶然、あだっぽい――とは、エースは言わなかったが――なかなかの美人に出くわしたらしい。どうやら気に入られたようで、なんともいえない風情のある造り酒屋に連れて行かれ、あれこれ好みを問い質されたあとで、これなら間違いないからと、二本、これとこれにしろと推してきたと言う。<br />
&nbsp;<br />
「好み――って、お前、何て答えたんだよい？」<br />
「ひとりはカルヴァドス、もうひとりは芋焼酎を冷たいので割ったのがイチ推しなんだけど、って」よくよく聴いてみれば、その酒屋の一人娘だったそうだ。「試飲しまくった酒がどれも美味かったから、その姐さんのセレクト、たぶん堅いと思うんだよな」<br />
　ほほう、冷たいの、だなんて、なかなか洒落た言い回しするじゃん、とサッチは感心した。おれも使っちゃおーかな、みたいな。たしかに、それまで左党同士、意気投合して盛り上がっていたのが、ミルクで、と言った途端、急によそよそしくなるケースというのは決して少なくないのだからして。<br />
&nbsp;<br />
　フムフム考え中のサッチにはおかまいなしに、じゃーん、と安上がりな自前の効果音付きで、エースはパチリと指を鳴らした。ウィンクのおまけつきだ。溜息をつきながら、それでもマルコが冷蔵庫を開けてやるのを、サッチは呆然と見守った。自分がいくら頼んでも拝んでも、冷ややっこ用の豆腐一丁だって入れてくれた例がないというのに、甘いにもほどがある。<br />
　瓶二本をサンキュ、と受け取り、さらに、そのちっこいの二つ貸してくれよ、と言われるがままマルコがすんなりこの店のものにしてはかなり高価なショット・グラスを並べてやるようすは、違和感満載、ホラーを通り越して既にイリュージョンだ。<br />
　そんな視線に気付いたふうもなく、手漉き和紙か何かでラッピングされた一升瓶の、口のあたりだけをエースはガサガサと剥く。<br />
「なんでそのままくれないわけ」<br />
「だって、マルコは商売柄そうだろうなって見当付くけどさ、サッチもいろいろ詳しそうなんだよな。銘柄知ってたら、意外性無くなっちまって面白くないじゃん」<br />
　酒を知識で飲むなんて野暮、しないんだけどナー、とこっそりひっそり胸のうちでだけ反論しつつ、ま、いっか、とサッチはうんうんと同意してやる。なにせエースがとびきり御機嫌とあっては、大概の事はスルーの方向性で何の問題もない。<br />
　きゅぽん、とすばやく栓を抜いて手のなかに握り込んだのは、事前情報なしに飲んだときのリアクションをよっぽど愉しみにしているのだろう。キラキラと目を輝かせて、とぷとぷとぷとぷとぷ。<br />
「えっと、左のがマルコ――」<br />
　ってことは右がおれね、と躊躇なく、くいッとグラスを傾ける。一瞬の逡巡のあと、マルコも手を伸ばしたのが目の端に見えた。なぜだか驚いたようなエースの顔も。<br />
　なかなかどころではなくいい酒だ。高級フルーツもかくやという実に上品な香り。やわらかな甘み。キラキラと咽喉を落ちてゆくようなイメージ――<br />
　無言でグラスを置く。同じタイミングでとなりに置かれたグラスを掴む。示し合わせでもしたかのように、こちらの置いたグラスをマルコも手に取った。喉元もあらわに、それをくいと流し込んだのも同時。<br />
&nbsp;<br />
「くーっ、たまらん。こういう濃厚でどっしりした山廃仕込、おれだーい好き！」<br />
「佳い酒だよい。上品な色沢といい、さすがに純米大吟醸ともなると、ひと味もふた味も違うもんだよい」<br />
「――――あんたらキモチ悪い」<br />
　なにそのシンクロっぷり、と薄気味悪そうにこちらを見るエースの視線が痛い。だって「マルコが左」ってお前が言ったんじゃん、と抗議したら、「向こうから見て」だろ、とあきれたように言われた。<br />
「なんで『マルコから見て』になるわけ？おれは？おれの立場は？」<br />
「えーと、ついで？」<br />
「&hellip;&hellip;あそ」<br />
　あしらわれても腹は立たない。純米大吟醸と同じく大吟醸の山廃仕込なら、むしろ後者、つまりはサッチの酒のほうが高かったはずだ。予算云々ではなく、あくまで、自分たちの好きそうな酒を土産にと考えたようなのが透けて見えて、くすぐったいような気分になった。テレ隠しなのか、そっけないそぶりがまた可愛い。さりげなく瓶のラベルをチラ見して、やっぱりあのあたりに行ってたのかと、胸の奥で燻る何かを無理矢理消した。あーもう、どーするよ？<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
　それなりに緊張していたのだろう。「んじゃ改めて、これ。土産な」とふたりにそれぞれ瓶を渡すと、晴れ晴れとした表情で、おかわりを催促するエースに、高く付きやがる土産だよいとマルコが苦笑している。<br />
（――それにしても、このコってば）憐れみ成分をたっぷりと含んだ視線を向けると、ニコッと笑いかけられたので、慌ててサッチは、えへっと笑顔で返した。（こんな不味い店で、そんな美味そうに飲んじゃって、まー）<br />
　そーゆーとこもカワイイよな若いコって、よーし、おにーさんが今度ちゃんとイケてる店に連れてっちゃるかンな、と実は言うほど金に困ってないサッチがひとりひそかに決意したそのとき、ふと湧き上がったおぞましい疑念。<br />
（こいつもしかして、おっさん見る目に妙なフィルターかかってやしねェだろな）<br />
　大袈裟でなく、ぶわりとチキン肌が立った。どうかしたのかよ？と目の前で掌をひらひらされて、ん？ううん、なんでもないよーん、とあきらかに納得していない相手を笑顔で押し切る。ならいいけど、とまた酒に戻ったエースが、美味ェ、としあわせを絵に描いたような顔をするので、鳴り響く着メロに店の外へすっ飛んで行ったその瞬間、衝動的に彼のグラスに口を付け――<br />
　とりあえず、アンドロメダ星雲あたりまでは飛んだ。<br />
&nbsp;<br />
「――お前さー&hellip;&hellip;」<br />
　カウンターの向こうから怪訝そうな視線を寄越す。なんてこった無意識かよ、と胸のうちで呻く。それってサイアク――最っ悪っっじゃね？<br />
「あーっ、おれの酒！」<br />
　バカ！サッチのバカ!!何飲んじゃってんだよ、バカバカバカ!!!と、すぐに戻ってきたエースに散々罵られて、サッチはうるりと涙ぐんだ。こんなガキが口にするには、あきらかに美味すぎるモスコミュール。わかってないオトナもわかりっこないガキも、どいつもこいつも、まったく世話の焼ける――<br />
&nbsp;<br />
　やべェ燃えてきた、と口走って、ぎゅううとばかりにエースに抱き付いた。よせって熱ィだろ、と藻掻く力は見てくれに似合わぬ強さだが、力比べならまだまだ若者に負ける気遣いは――<br />
　存在ごと消されてェかよい、とマルコがにっこり微笑むから、この勝負、サッチの負け。<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
（こよいさま）<br />
<br />
<br />
<br />
<br clear="all" />
]]> 
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            <name>いねこ</name>
        </author>
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    <id>ichini.blog.shinobi.jp://entry/181</id>
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    <published>2013-03-30T23:14:30+09:00</published> 
    <updated>2013-03-30T23:14:30+09:00</updated> 
    <category term="週妄想とかひとりごと" label="週妄想とかひとりごと" />
    <title>電車で読むには厚すぎる</title>
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
      <![CDATA[古野まほろ「天帝」シリーズの3作目まで読了しました。<br />
お借りした方に、読み終わったら、「なんだこりゃあ」って言いながら床に投げ捨てて良いよと言われ、<br />
かつ、シリーズ1作目を読了したときに思わずそのままの行動をとりそうになったのですが、<br />
うっかりと3作目まで読んでしまって、現在発売中のハードカバーを買うかと一瞬悩んでしまった己が恐ろしい。<br />
畜生と呟くかわりにめるどと呟いてみる厨二脳がうとましい。いえ、非常に楽しかったです。楽しい読書体験。<br />
うざいきもいぽえまーは我々の業界ではご褒美です。過剰万歳。<br />
しかしなぜ「新本格」のみなさまはかくもポエティックなのか。<br />
柏木とまほろはいつになったらくっつくのか。いやくっつかれても困るのだけど。<br />
<br />
「星界の戦旗」の八年ぶりとやらの新刊を、別にあんたのことなんか待ってないんだから、<br />
勘違いしないでよね、でも仕方がないから買ってあげるわと言いながら、購入に行ったら<br />
売り切れていた衝撃は言語に尽くしがたいです。<br />
<br />
<br />
お返事が遅くなってしまってすみません。いつもぱちぱちいただきありがとうございます。以下拍手レス<br />
<br />
<br /><a href="https://ichini.blog.shinobi.jp/%E9%80%B1%E5%A6%84%E6%83%B3%E3%81%A8%E3%81%8B%E3%81%B2%E3%81%A8%E3%82%8A%E3%81%94%E3%81%A8/%E9%9B%BB%E8%BB%8A%E3%81%A7%E8%AA%AD%E3%82%80%E3%81%AB%E3%81%AF%E5%8E%9A%E3%81%99%E3%81%8E%E3%82%8B" target="_blank">つづきはこちら</a>]]> 
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            <name>いねこ</name>
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    <id>ichini.blog.shinobi.jp://entry/180</id>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="https://ichini.blog.shinobi.jp/op/%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%81%A8%E3%82%BB%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9%E3%81%A8%E7%8C%AB%E3%80%81%E3%81%9D%E3%81%97%E3%81%A6%E5%BD%BC%E3%82%92%E3%82%81%E3%81%90%E3%82%8B%E3%81%84%E3%81%8F%E3%81%A4%E3%81%8B%E3%81%AE%E8%AC%8E%E3%80%80%EF%BC%93" />
    <published>2013-03-30T22:36:04+09:00</published> 
    <updated>2013-03-30T22:36:04+09:00</updated> 
    <category term="OP" label="OP" />
    <title>アルコールとセックスと猫、そして彼をめぐるいくつかの謎　３</title>
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"> 
      <![CDATA[&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
<br />
三　話<br />
&nbsp;<br />
&nbsp;<br />
　こんな店だが、常連は何もタウザーとサッチに限ったわけではない。少なくとも「常連と言えなくもない」客なら、とりあえず幾人かはたしかに存在する。<br />
　たぶん、舌か、もしくは金銭感覚がおかしいのだろうと、実に客観的にマルコは見当を付けていた。ことによると、そもそもの人間性が歪んでいる可能性だってありうる、というか圧倒的にその可能性大だ。<br />
　なぜか今日は、そういう人物が二人も顔を揃えるという稀有な夜になった。そこへエースまでがやって来たとあっては、もうわけがわからない。ズブロッカのストレートにチェイサーを二杯も並べて不思議そうな顔をされた。それはそうだろう。<br />
　何を浮かれて――とでも言うしかないだろう――るんだよい、とマルコは自分で自分を窘めた。いい歳をしてみっともねェよい。<br />
　そんな店主の内心の葛藤になどまるで興味なさげな葉巻の男は、見てくれに似合わず猫好きらしい。空っぽの指定席を見遣る。よほどの寒さ――暑ければそれなりに、ビールだのモヒートだのに需要がある――でない限り、タウザー一匹分の入り口は常に開けているから、なかなか諦め難いのだろう。最近になって出入りするようになった似たような毛並みの持ち主が新たにもう一匹、隣の席に陣取っているからでもあるかもしれないが。<br />
「何か――いや、ギネスを壜で。自分で注ぐ」<br />
　半時間ほど前から、解剖学なんたらという小難しげなタイトルをページをめくる毎に覗かせながら、控え目に言ってかなり薄気味の悪い図と写真がこれでもかと続く御大層な書物に没頭している年齢不詳の男が、マルコになど目もくれず、クールにオーダーを寄越した。賢いやりかただよい、と他人事のように感心する。さすがにそのオーダーでは、いかにバーテンの技量が酷かろうと、全く影響しない。タウザーのことはさておき、顔が映るほど磨かれたカウンターや、わずかばかりの灯りをキラリと弾いて煌くグラスについては、この店はそんじょそこいらの店の水準を遥かに凌駕する。<br />
　そういえば、周囲が白く煙るほど葉巻をふかしながらスポーツ新聞を読み耽っているポリ公（制服だろうが私服だろうが、まず見誤りようがない）は、いついかなるときも断固としてストレートだ。成る程、とマルコは深く感じ入った。ほとんど感動を覚えたの域だ。これまた、美味いも不味いも、バーテンの腕にはほぼ関係がない。<br />
&nbsp;<br />
「なあ」<br />
　一応は気を遣ったのだろう。自分のほかはたった二人の客しか居ないことはわかりきっているくせに、ざっと「FLAME CONNECTION」店内を見渡してから、ずっと気になってたことがあるんだけど今いいか、とためらいがちに、エースは声を掛けてきた。<br />
「――なんであのときあんた、よその街でバーテンなんかやってたんだ？」<br />
　ビンゴ、とマルコは内心で呟く。というより、多分にいまさら感の漂う問いだ。<br />
「別の店に居ちゃ悪ィかよい」<br />
　悪かねェけど、と口ごもる。<br />
「本物のバーテンは、じゃあ、そのときどうしてたのかと思ってさ」<br />
「&hellip;&hellip;&hellip;&hellip;」<br />
　まじまじと、マルコはエースを見つめた。てっきりあの「一夜限りの過ち」についての恨み言がくるものと侮っていたが、こいつが気にしているのは、まさか。<br />
「不摂生し過ぎて、前の晩に救急車で病院送りになったんだよい。調べてみりゃすぐわかる――コンクリ抱いて海に沈んでたりしねェよい」<br />
「そ、そんなこと別に」<br />
　青くなったり赤くなったり、エースはひとりで忙しい。大方、その頭の中では、「SLEEPING IN」の本物のバーテンをなんらかの理由で殺害したあと、素知らぬ顔で客を迎えていた凶悪な犯罪者像が出来上がっていたのだろう。あの晩の狂気じみた時間がふと甦る。まともな人間なら到底理解出来ない衝動にふたりして身を任せた、あれはまるで理性を手放した獣の交わりだった。殺人者なのではないかと疑われていたとしても仕方ない。むしろ、どうして未だ通報されていないのかとさえ思う。<br />
（御想像のとおりだよい、ともし俺が答えたとしたら、お前、一体どうするつもりだったんだよい）<br />
　単刀直入にそう訊いてやろうかと口を開きかけたが、さすがに思い止まった。あんたの味方になろうと思って、とでも言われたら、返す言葉に困るのはこちらのほうだ。<br />
　尤も、そんなふうに自惚れるには、こちらは少しばかり歳を喰い過ぎていたが。<br />
「あの店で修業してた時期もあったんだよい。本物のマスターは、その昔、天才バーテンダーなんて言われてた。酒で手ェ震えるようになってからは、どうにもサマにならなくなっちまったがよい」<br />
　ほとんど溶けてしまった薄っぺらの氷がひとひら、グラスの中を泳いでいる。ふと、何年も棚の隅にただ並んでいるだけだったマラスキーノが目に付いたので、マルコは気まぐれにシェイカーを手にした。セブンス・ヘブン。雑然とした記憶どもの中から、そんなカクテルの名前を拾い上げるのにも少し間が必要で、鈍っちまったもんだよい、とマルコは苦笑する。<br />
「あのビルの取り壊しが決まってマスターも店たたんで引退するってのを、うっかり小耳に挟んじまったのが運の尽きってやつだよい。久方ぶりに顔拝みに行ったら、おれが泊ってくもんだと勝手に決め込んじまってる。客もいねェのに閉店まで待たされて、タクシー拾うぞって通りまで連れだって歩いて、そこで血ィ吐いてブッ倒れやがった。ロクに動けもしねェのに、今夜で最後だから何が何でも店開けるって聞かねェから、仕方なしにおれが代わりを買って出たんだよい」<br />
　ガラにもねェことした所為であの嵐だ、と肩を竦めると、エースは目に見えて肩の力を抜いた。奢りだよい、と促せば、嬉々としてカクテルグラスに手を伸ばす。ほんのちょっと口をつけて少し考えるそぶりをみせたあと、くいと飲み干した、その咽喉元に血管が青く透ける。<br />
「これ、結構強いよな？そんなに甘いわけじゃねェけど苦くもねェし、よくわかんねェけど、なんか好きだ。何入ってンの」<br />
「ジンとマラスキーノ、あとはグレープフルーツジュースが少し。マラスキーノはサクランボのリキュールだよい」<br />
　チェリー向きだ、と意地悪く笑うと、そうじゃねェってあんた知ってンだろ、とエースはニヤリと口の端を上げた。とんだ不意打ちだ。<br />
　おんなじの、と命じられるままにシェイカーを振る。どこか違うところを見ているようなまなざしで、エースはぽつりと言った。<br />
&nbsp;<br />
「あのときのあんた、退屈なハイエナみたいでカッコよかった」<br />
&nbsp;<br />
　少し手元が狂ったせいで入り過ぎたジンの分だけ、常より多くなったシェイカーの中身を、サービスしてやったとでも言わんばかりの澄まし顔で、縁スレスレまで注ぎ切る。零さぬようにと唇から迎えに行くようすが、そっとグラスにキスでもしているように見えて、マルコは当惑した。<br />
「褒めてるようには聴こえねェよい」<br />
「惚れてねェし」<br />
　聞き違いだと正す気にもならない。黒い、黒過ぎるほどの虹彩が、カウンターの向こうで野生の獣のように鋭い光を放っている――灼熱を宿している。<br />
「おれ、もう一度行ってみたんだ。あの店、『SLEEPING IN』に」<br />
「&hellip;&hellip;酔狂な奴だよい」<br />
「あの日たまたま行っただけの街だから全然地理わかんねェし、なんとか辿り着くまでずいぶんかかった。ようやく記憶にある通りを見つけて、心臓おかしくなりそうなくらい緊張しながら角を曲がったら――」<br />
「曲がったら？」<br />
「そしたらあのビル、もう解体が始まってた。なんだ夢か、って思ったよ」似合いもしない自嘲の笑みを浮かべて、またグラスを空ける。「あの晩、いくら飲んでもちっとも酔えなかったし、喋ったことだって全部憶えてる。なのにあんたとあんなふうに」<br />
「次は？」<br />
「もう一杯くれよ」<br />
　深いためいきを吐いて、帆船のラベルのついたボトルを手に取る。カウンターに行儀悪く頬杖をついた、エースの視線が追う。<br />
「その指」<br />
「この指がどうかしたかよい」<br />
「痣が消えるまで、結構かかった。膝の裏とか、足首とか。脇腹や背中も色が変わってて――なあ」<br />
「知らねェよい」<br />
「ああいうの、もうやらねェの？」<br />
　絶句したマルコの手からシェイカーをひったくると、トップだけ外し、エースはストレーナーから直に、カクテルを咽喉に流し込んだ。<br />
「おれはさ、またあんたに逢えて」<br />
　目線の高さを合わす為だろう。カウンターに身を乗り出して紡いだ言葉の途中で、ぐにゃり、とスツール上で後ろにのけぞるように揺らいだ上体を、いつ近付いていたものか、書物片手の常連客が、無表情に受け止める。<br />
「不安定な姿勢は、通常、睡眠には適さない」<br />
「ま、雀斑散らしたガキの分際で、そんだけ飲めばな」<br />
　煙の合間に葉巻臭い男がそんなことを言うので、さりげなく勘定書きに視線を遣ったマルコは、気取られぬように目を剥いた。あれでも、どう切り出したものか逡巡していたものらしい。ズブロッカを、ちびちびと六杯。セブンスヘブンを三杯飲ったから、なんだかんだで九杯。<br />
&nbsp;<br />
（あのときのあんた、退屈なハイエナみたいでカッコよかった）<br />
（ああいうの、もうやらねェの？）<br />
&nbsp;<br />
　マラスキーノはこの先、当分切らしておこうとマルコは決めた。<br />
&nbsp;<br />
<br />
<br />
（こよいさま）<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
<br />
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