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オフリミット (いただきもの)





常識という名の既製の枠に、おとなしく嵌められてくれるような可愛らしいイキモノではないことくらい、嫌というほど思い知らされてきたはずだったが。
 
 それなのにこのザマはどーよ、とサッチは大仰に肩を竦めた。そもそもこいつを――もといこいつらを、フツーの海賊の物差しで測るような迂闊をやらかしたこちらの方が、オーライ、よっぽどおバカさんだったわけね、と先に立つわけもない後悔をしていたりもする。反省しきり、というやつだ。
 
+
 
 焼け野原なんて上品な形容で伝えられるはずもない目の前の惨状を、リーゼントで嵩を増しまくったアタマの中を大捜索して、ようやくそれらしい単語を引きずり出す。成る程、これぞまさしく『焦土』であるに違いない。
 
 知らせを聞くなり、血相変えて飛び出して行ったあたりまでは、当然予測していた。隊長にあるまじき、と云えなくもないが、そもそも、責任だとか立場だとか、そういうややこしいあれこれこそが、海賊には無縁のものだ。いくつかの意味において生粋の海賊とも云うべき末っ子の次の行動は、大体において自分のしたいこととイコールだから、わざわざ思考を巡らすまでもない。
 一応は止める立場であったはずの4番隊隊長サマは、そんなわけで、もう少しだけ分別とやらに恵まれた他の連中を出し抜いて、間一髪、エースの後を追うことに成功したのだった。
 
+
 
 何せロギアは凄まじい。人だろうが物だろうが、行く手を遮るもの全てを消し炭と化す。そのスピードときたら、精一杯の好意的視点でも、余裕で悪夢の域だ。
 カワイイ末っ子の後ろ姿のはずなのに、その背に刻まれて御満悦らしいオヤジの顔ばかりがちらついて、見失わぬように追う、ただそれだけのことに、サッチはほぼ全力を使い果たした。
 
 前方に浅瀬が見えてきたときなどは、ラッキー、いくらなんでも失速するよな、なんてったってあいつ、能力者だし、とナメてかかっていて、あやうく置いていかれるところだ。とてつもない大きさまで、急激に膨れ上がった火球を、赤ん坊が癇癪を起こしたみたいな、なげやりなしぐさでぷいと放ったと思ったら、たったそれだけのことで、浅瀬どころか、その辺りに在ったはずの全てが、まるごと消失してしまったのだから、なんともはや。それとも、あれは“消失”ではなくて“焼失”だったとでもいうのだろうか。
 
 マトモじゃねェな、とサッチは深々と溜息を吐く。マトモな海賊なんてクソの役にも立たねェから、別にそれでもかまやしねェけどよ、とひとりごちて、それから声を張り上げた。
 
「ヘイヘイ、ちょおおっとストォォォップ!いいコだからスナオにお兄さんのとこまでいらっしゃいねー、そこのボク」
 何かが(或いは何もかもが)気に入らなかったのか、疾風の勢いで前を行くエースは、足を止めようとするそぶりさえ見せない。あっそ、とサッチは肩を竦めた。
 
 遠目がきく彼らには、ターゲットたる海賊船がとうに視界に入ってきているが、討手はまだ姿を見せない。いくらちっぽけな島だと云っても、道なき道を陸路で最短で突っ切ってくる者がいるなど、想定もしていないのだろう。その大きさゆえに進路を隠しようもないモビーディック号がぐるりと半周してくるのを、今か今かと待ち構えているに違いない。
 エース、と呼ぶ声をトーン・ダウンさせると、ようよう立ち止まった。ゆっくりと振り返ったその顔は、ここまで駆け通してきた所為かいくぶん上気はしているものの、いつもと違うのはせいぜいがその程度だ。ほかは変わらない。
 
「お前がうちのコになってから、『白ひげンとこにァ、いよいよ歯が立たなくなっちまった』って嘆いてる身の程知らすが、うじゃうじゃいるけどよ、ンなのは別に、オヤジに取って代わろうとしてる夢見がちな海賊ばかりじゃない。海軍だって、さぞかしビビってやがンだろうよ」こォんなツラして、と酷い渋面をサッチは作った。「けどよ、おかげでうちの隊長もずいぶんラクになった、って1番隊の連中までが手放しで喜んでるのとかは、正直やってらんねェな俺は。めでたい奴らだよ、まったく」
「頼みがあるんだ」同意するでも否定するでもなく、こんなときに限って、エースは日頃あまり見せない甘ったれた笑顔を向けてくる。「あとでマルコに不機嫌になられそうだから、こっから先はあんまり暴れたくなくて――」
「囮になれってか」そっけなく遮った。「サッチ兄ちゃんなら死んでもいいのね、お前」
「え?だってサッチ、150まで生きるんだろ?」
 そんな与太話を、こんなときだけ信じているふりをする。タチ悪ィ子だこと、とサッチは空を仰いだ。曇天。
 
「あいつ、あぶなっかしくなったぜェ。お互いピチピチの青少年だった頃から、お前幾つよって感じの落ち着きっぷりだったってのによ」
 あぶなっかしい、とエースは小首を傾げた。それ、マルコの話だよな?
「そういや、元スペードの連中も云ってたなー。分別が付いてきたようなのは見せかけで、モビーに来てから無謀に磨きがかかっちまったんじゃねェか、だとさ」
「気の所為だろ。あいつら昔っから心配性で――」
「お前たちって、ホントは出逢っちゃいけなかったんじゃないの?苦悩の日々よ、俺」何か云いたげなエースを、ひらひらと手を振ってはぐらかす。「奴らと鉢合わせねェあたりまで辿り着いたら、いっちょ派手な火の玉、こっちに寄こせや。焦ってやってきた敵サンを、のらりくらり躱しながら跡を追や、それでタイミング的にはジャストって感じだろ?」
 
「恩に着る」
 ぺこりと律義に頭を下げるなり身を翻したエースの後ろ姿を暫し見つめて、はいはい、たっぷり着込んでちょーだい、とうそぶきながら、サッチは首やら拳やらをポキパキ鳴らした。臨戦態勢完了。
「――ま、毒でも薬でも、惹かれちまったもんはしょーがねェわな」
 
+
 
 率直に云って、あまり手応えのある相手ではなかった。
 どうにもやりきれない気分の、サッチの鬱屈を晴らしてくれるレベルでは到底ない。主力を船に残しているか、或いは単にアタマが悪いのか、どうにも判断が付きかねる。
 それなりに巨大であるはずの海賊船は、すぐそこに迫る、まるで圧し掛かってくるかのようなモビーの威容の前には、哀れなほどちっぽけに見えた。正面撃破を好むことを知ってか知らずか、後方のガードもお粗末で、サッチは誰にも見咎められずに船内に潜り込んだ。
 
(こいつら、"なァに、白ひげも人間だ"だの"その名を轟かせたのは昔のこと、今じゃすっかり耄碌しちまったって話だぜ"だの、その程度の覚悟で、うちに仕掛けて来たンじゃねェだろな)
 だとしたら、パニック状態で逆上、最悪の場合、ヤケになって人質を殺そうとすることもありえないことではない。やべェなこりゃ、とサッチは眉を顰める。
 
 偵察のさなかに一瞬の隙をつかれ、あえなく捕まった隊員の身代わりを、例のまったりとした調子でマルコが買って出たというのが、この事態の発端だ。1番隊隊長が“不死鳥”と呼ばれる由縁の噂くらいは流石に知っていたのだろう。海楼石の手枷だけでは飽き足らず足枷までかけたと、報告者が歯噛みしていたが、或いは今日の敵はそこで初めて、この状況が白ひげを討つには、またとないチャンスであることに思い当たったのかもしれない。
 
 そこは御同業というべきか、切り札であるはずのマルコが監禁されている場所を探すのに、たいした手間は要らなかった。気配も、うち1つは弱々しいが一応は2つある。3つ以上ではないのはつまり、邪魔者は片付けたということだ。足許に転がっている見張り役など、声すら出せなかったろう。頸動脈をすっぱりやられている。
 
「――手枷足枷は?外して貰えたのか?」
 牢の格子は、枠だけしか原形を留めていなかった。エースのナイフはよく切れる。覇気も使いこなせるとあれば、鉄格子ごときでは何の役目も果たせない。
「あいつらが自分で壊しちまったんだよい。多少やりすぎても、噂が真実なら死にはしねェはずだってんで、人質相手に殴る蹴る」
 衝撃で砕けちまったと苦笑するマルコの声はおかしな具合にくぐもっていた。吐き捨てたのはたぶん血だろう。
 
「再生すりゃいいだろ」
 平静を装ったような、エースの声は少しふるえていた。
「そいつのデカい欠片を呑まされちまったんだよい」
「吐けよ!」
「そんな体力が残ってりゃな」
「――いったん退こうぜエース。そいつ俺が担いでくわ」
 報告の時間でもあったのだろうか。様子を見に来たとおぼしき靴音が近付いてくる。絶句したエースとマルコの間に割って入ろうとして、サッチは炎に阻まれた。
 
「お前何考えてんだ!遊んでる場合じゃねェだろ?」
「オヤジの船の1番隊隊長ともあろう者が、ここで逃げてる場合でもねェよ」
 そうだろマルコ、と屈み込んで囁く。当然だよい、と弱々しい呼吸の合間に、そんな応えが返る。背筋が凍るような鬼気に、サッチは立ち尽くした。
 
 抱え起こしたマルコの血塗れの口を塞いだエースの唇が紅を刷いたようになる。ぎこちない動きを見せる赤く染まった指が後ろ髪を引き寄せて、口付けをさらに深いものにしてゆく。
 ふいに炎を灯したエースの右手が、ずぶりとマルコの腹に突き立てられたのを、身動きも出来ずにサッチは見た。唇を塞ぎ合ったまま、苦鳴ですらもふたりだけのものなのかと、嫉妬に似た感情が湧き起こる。
 
「――!」
 ゆびさきが、探りあてたのだろう。なつかしくさえ感じられる蒼い炎に、サッチは安堵のあまりへたり込みそうになった。入れ替わりのようにふらりと倒れ込んだエースを、マルコが片腕に抱き留める。
 
「手ェ放させろよい、サッチ」
 硬く握り締めた拳を、血塗れの指を1本1本引き剥がすようにしてようやく開かせれば、海楼石の欠片はころりと転がり落ちた。まだ蒼褪めた顔で、さあマルコ、とエースがわらう。
「好きなだけ殺ってこいよ。あんたの為に、獲物はたくさん残してあるんだ」
 なあサッチ、と無邪気に見上げてくる末っ子の顔を、ぎゅっと肩口に押し付けた。咽喉に貼り付いたように、いつもなら無意識に叩いてしまう軽口がひとつも出てこない。
 
「そいつ担いで先に帰っててくれねェか。あとで迎えに行くからよい」
「……りょーかい。あんまり遅ェと喰っちまうぜ、俺」
 おどけたつもりが、少し強張った表情をしていたかもしれないサッチのリーゼントに、握り潰そうとするでなく、マルコはぽんと手を置いた。
「なら、おとなしくそこで待ってろよい」
 
 不死鳥の名で畏れられる男が、蒼茫たる炎を帯びた非情な殺戮者の顔で舌なめずりをする。紅蓮の炎を操る“悪魔の子”は、傍らで愉悦の色を浮かべた瞳にその姿を灼き付けようとでもしているものか――
 正気と狂気の狭間、消えそうな境界線上に身を寄せ合っているようなふたりから、いまさら目を逸らすことさえできない。
 とっとと片付けてさっさと帰ろうぜェ、と欠伸まじりにサッチは、マルコを追い立てた。俺もハラ減った、といつもの調子でエースも屈託のない笑い声を聴かせる。
 瞬殺だよい、と眠たげな声を残して視界から消えた不死鳥の残像に向けて、願わくばこのギリギリの均衡が崩れることがないようにと、ただの人間でしかないサッチは、胸の内でひっそりと祈った。 
 
 
終。



――――――


「FLAME COLLECTOR」のこよい様よりいただきました。
お題は「適量を計る薬秤の針ゆれて致死量を置けば左右なく止る」(齋藤史)でした。
本当にすてきなお話をいただいてありがとうございます。

 
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