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つまさき(21)

 

 
 
 
 
正直誰にも見られたくねぇなァと思っていたのに、扉を出たところでまんまとエースに出くわした。
「マルコ」
「おう」
エースがちらりとマルコの出てきた部屋を確認して、そこは別に不審なことじゃないから問題ない。視線が戻ってきたところで胸ポケットの煙草を取り出せば、自然意識はそちらに集まる。エースは無頓着な言動の割に、存外目がいいから、そんな小細工までしてすれ違ってみたのに、三歩進んだところで素っ頓狂な声で止められた。
 
「あ!!マルコ、足っ!何それ!!」
 
 
 
どちらにしろ隠しおおせることじゃなかったのはわかっていても。食堂の椅子にどっかり座って昼食をとるマルコを、入れ替わり立ち替わり兄弟たちが寄って来ては、まじまじとテーブルの下を覗き込み、笑いをこらえて(笑ったやつを三人ほど容赦なく蹴り飛ばしたからだ)、律義に感想を述べて去っていく。曰く。
「よく似合うぜ」「いい色じゃねぇか」「キレイなもんだ」「色っぺぇなァおい」
「………お望みなら、踏んでやるよい」
野郎の足に塗られたペディキュアを見ていったい何が楽しいか。
いや、例えばサッチの野郎あたりが同じ目にあっていたら、恐らく率先してからかいに行っただろう。娯楽の少ない船の上で提供されたネタは全力で愉しむのが作法というものだとわかっていても。
「でも、本当に似合ってると思うぜ?」
正面に居座ったままのエースが邪気のない顔で小首を傾げる。
「姐さんだろ、この色選んだの。綺麗な空色」
「………………」
先に停泊した島で、突発的な小競り合いが起こって、ナースたちに頼まれたちょっとした嗜好品を手に入れることができなかった。その島限定のそれは、しばらくもう手に入ることはないだろう。落胆した彼女たちのささやかな意趣返しというのか罰ゲームというのか。約束した手前、無下にすることもできず甘んじているのは、彼女たちの日々の献身を知っているからでもある。こんなことでわずかでも気晴らしになるなら安いものなのだが。外の廊下を走ってくる騒々しい足音に眉をひそめる。ため息を吐いて立ち上がる。
確かに娯楽は全力で愉しむものだとしても。
 
煩い音はあっという間に近くなって、食堂に到達するやぴたりと止まった。間髪いれず蝶番を壊す勢いで扉が開き、白ひげ一のお祭り男、四番隊隊長サッチが第一声を発するより早く、待ち構えていたキレ気味の一番隊隊長の自慢の蹴り技が彼を食堂の端から端まで一直線に蹴り飛ばす。
サッチが目的としていたであろう美しくペディキュアの施された足は生憎彼の顔面にめり込んだため、近すぎて見えたのかどうかは定かではない。
 
 
一日見世物になって、当然風呂を浴びたぐらいでは足先のそれは落ちなくて、どうしたものかと自室に戻ったら、エースがちょこんとベッドに腰掛けて待っていた。
「どうした」
「ん。これ」
持ち上げて見せたのは、女物の小瓶で、状況から察するにマニキュアを剥がす溶剤だろうと思われた。
「姐さんたちが。もう満足したって」
ほっと息をついて首をがりがりと掻く。わざとエースに託すあたりが意地が悪いが、ひとまず赦しは得られたようで何よりだった。
「わざわざありがとよい」
寄こせと手を出せば、ベッドの傍らをぼすぼすと叩いた。
「やってみたいから、ここ」
「……」
こういうときに、やってやるからとか、そういう親切のふりをしたおためごかしを言わない性質は好ましいと思うのだが。
「遠慮するよい」
「これ、おれが借りたんだし」
悪びれもなく脅して、ニッと笑う。それが本人の意図通り悪い笑みになってれば良かったのだろうが、どう見てもガキが悪戯をしでかす笑みでほとほと始末に困る。
椅子を逆向きにして腰を下ろす。サンダルを脱いで持ち上げた足でエースの腹を蹴飛ばしてから膝の上に勢いよく落としたら、ぐえっと呻いてそれでも嬉しそうに笑ってみせた。本当に始末に困る。
 
乗せた足の踵を下から支え持って、エースが物珍しそうに矯めつ眇めつ眺める、その視線がわずらわしい。
「あんたの爪の形、きれいだって姐さんたちが言ってた」
「あいにく何の得にもならねぇよい」
早くおとせと足先で催促する。そうでなくとも足首のあたりを触れられるのはむず痒い。皮膚が薄くなっているから、浮き上がった腱や骨にエースの固い指の腹が響く。
「人差し指のが長いんだな。おれ、親指の方が長い」
「そうかい」
どうでもよい観察結果を持ち主に伝えて。猫がじゃれつくように指を引っ張ってみたりする。足指はロープを舫える程度には器用で、その分無遠慮にいじくりまわされると神経に障る。
「くすぐったくない?」
「…別に」
足裏は、なまじ厚くなっているから。土踏まずを戯れで擽られても望み通りの反応をしてやるつもりはない。むしろ足の甲に擦れる感覚の方が拙い。骨と、その間を這いずりまわる血管。それに直に触れられている心持ちがする。
「日焼けのあと」
すっと、指が横切るようにかすめて、反射的にひくりと慄えるのを抑えきれない。
「エース」
咎めだてる、声音は疚しいからだ。やましい。ことを考えている。考えないわけがないことがなおやましい。素足を掴む体温が高い。振り払ってしまえばいいだけの。
「いい加減に」
「…きれいな青」
言葉を切る。見上げる眼差しと目が合う。強い鳶色の。
何もかも、こちらの疚しい感情全てを見透かしているようにも見えるし。何もかも、わからないまま不安と欲望の間で葛藤しているようにも見える。揺れる。天秤のどちらに何が乗っていて。己の何が、その均衡を崩すのか。どちらに振れさせたいのか。
「…おとすの、もったいない」
不意に足首を持ち上げられて、バランスを崩す。とっさに机に後ろ手をついて片側だけ持ち上がった椅子が倒れるのを防ぐ。それに、意識をとられた。
ひたりと。右足の小指の先をぬれた感覚が包む。一拍遅れて視覚がその光景をとらえて、ぞわりとした感覚が背から脳天まで駆け抜ける。
「っ…!!」
噛み殺さなかったら、嬌声になっていたかもしれない自らの声が忌々しい。動揺を隠す間もなく、爪の生え際ざらりとなぞって舌が離れ、代わりに固い前歯が上下を挟んで、ゆっくり力が込められる。束のように集中した神経が一斉に発火する感覚。挟まれたまま再び舌が触れて指と爪の境目をこじ開けるように差し込まれる。
足首をつかむ力は万力のようで、不自由な態勢では簡単に振り払うことができない。甲を這う指が丹念に骨をなぞる。甘噛みを繰り返しながら吐く息がぬれた肌にふれる。粟立つ。小指と薬指のあいだに舌がはいりこんで、薄く張られた皮膚を舐める。陽すらあたらないまま青白く柔い内側を引き裂くように暴かれる。
「…っ、エース!」
好き勝手に舐めてかじって口の中で転がして、くちゅりと音をたてる。そのわかりやすい卑猥さが、ふっと頭も冷やした。
掻痒感と羞恥と動揺が肉体的な性感を呼び起こそうとするぎりぎり一歩手前で、かろうじて残る理性となけなしの矜持が引き綱を絞る。
最初の衝撃が過ぎれば、頭は徐々に冷静になっていく。もともと、誰かを跪かせて足を舐めさせたいような嗜好はない。ないはずだ。
「エース」
今度こそ比較的ましな、呆れるでも責めるでもない、窘めるような「年長者らしい」声が出て、内心でほっとする。思ったより素直に唇を話して、子どものような上目づかいをする。
「嫌…?」
「……趣味じゃねぇよい」
逸脱行為を相手に強いる、あるいは自ら受け容れることで悦楽を深める、ということじたいがあまり趣味ではない。ましてや、この、まだ少年とすら言える相手とするときには。
不安定で切羽詰まったガキに好きなように翻弄されることの被虐と、それと表裏の支配欲。それだけでも十分背徳的だと思えるのに。
「…そう?おれはけっこう楽しいかも」
ひとまわり以上年上の男の足指を咥えて、何の屈託もなく笑む。
「前から、あんたのくるぶしとか、かじってみたかった」
この少年の何が腹立たしいかって、それは、多分に、本心から言ってるのだろうということで。言いながら、本当に、踝に歯をたてる。
「あと、親指の付け根と、腱のとこ」
ごりごりと、犬が甘噛みをするように他愛なく。
好奇心ほど性質の悪いものはない。それが社会通念上忌まれた行為であるかどうかは、この少年には関係ないのだ。多分。恐らく。ただ、言葉のとおり。
「何でだろな。別に他のやつには思わねぇのに」
あんたのは美味そう。そう、皿いっぱいの食い物を前にしたガキみたいに。そのくせ、食欲かと呆れたふりをする前に、不意に色めいたを目をして見せる。
「前、手とか舐められたとき気持ちよかったけど、足ってどうなんだろ」
掴まれたままの足首が、人質のようだと思った。あるいは、不利なことを喋る証人のような。
「あんたは、嫌?」
快楽を煽るために準備された台詞、あらかじめ決められた辱め。そういった類のものではないのだ。こいつが使う言葉は。性質の悪い。ガキ同士のさわりっこじゃあるまいし。触れたいから触れるなどという理屈に。何故、動揺するのか。
「マルコ?」
応えを強請る。そのクソ生意気な口を、視線を塞いでしまいたくて。
ふと悪戯心をおこす。意識すれば一瞬で。
「これでもそんな気になるかい?」
鼻先に鋭い鉤爪を突きつけられて、エースが顎をひく。
「ひでぇ」
触れるもの全てを引き裂く鋭利な先端と、骨に張り付くゴツゴツとした皮。爪先を彩っていたわずかな色は欠片もない。しぶしぶといった風情で離れた手がわずかに鉤爪にかすって小さな炎を吐く。異形同士の、傷つけあい、傷つかない接触。
この少年が、己に懐く理由が、わかるような気がする一瞬。
己が、この少年に執着する理由が。
「……マルコ」
そしてガキのくせにそのゆらぎを敏感に察知するのだ。
「…じゃあ、ふつうにするのはいい?」
身を乗り出して口づけしようとするのを、とっさに羽根のままの手で止める。
「その口ですんなよい」
「…キスしなきゃいいの?」
「………好きにしろい」
「……フェラんときは止めないくせに」
「それとこれとは別だろい」
「…あんたが嫌ならしないけど」
微妙に微妙な表情で、間を阻む青い羽根に顔を押し付ける。
「変な気分になるので、一応ひとのかたちにもどってください」
 
 
 
わずかに眠って未明に起きたら、傍らに少年の姿はなかった。部屋の中のわずかな揮発臭に気付いて足元を見ると、傷一つない足指の爪先の色は、もう元の肌色に戻っていた。
 
 


 
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