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枷 1

 
 
ある小さな島が新世界の主だった航路から外れた辺境にあった。潮目と周辺に特有のきまぐれな気候のおかげでまともに航海すれば辿りつくことのない島だ。時折不運な遭難者が流れ着き、浜から丘へと連なる壮麗な街並みに歓喜し、――――すぐに絶望する。
その島に拡がるのは廃墟だ。立派な港に、巨大な石造りの街並み。しかしそこに生者の気配はない。
かつてあり、今は滅びた文明の遺物。
その静けさを気に入った、一部の物好きな海賊だけが訪なうだけの墓所。
今は誰もその本当の名を知ることのない島。
 
 
その普段は静かな島が、不穏な空気に包まれていた。夕闇が落ちる港には篝火がいくつも焚かれ、赤々とした炎が天を焦がす。走り回る屈強な男たち。重々しい足音に殺気だった怒声が混ざる。荷揚げ場に大量に積み上げられた木箱の側面には、火器を表す黒々とした刻印。潮と刺青に彩られたいくつもの腕が荒々しく担ぎあげる。運び込まれる先は、破格に巨大な帆船。―――海賊船。それが四隻、舳先を揃えて錨を降ろしている様は悪夢のような光景だった。知るものが見れば、帆など張っていなくとも、その特徴的な船首の意匠に気付いただろう。
 
「白ひげ海賊団」
その旗艦モビー・ディック号と、直属の副船三隻。
総勢千六百人を擁する、新世界でも随一の軍団。
 
行われているのはあからさまな戦支度だ。それもそんじょそこらのものじゃない。元より荒くれ集団である海賊が、入念に準備を整えて臨む戦だ。高ぶった緊張と昂揚が狂騒に変わる、一触即発の気配。怒声と応酬の罵声の合間に陽気な、いっそ箍が外れた程に陽気な歌が混じる。調子っぱずれの凱歌。すぐに合唱に変わる。誰もが戦に赴くことを知っていた。それを愉しんでいた。明日には己が唄うこともできない屍になっているかもしれない。それを知っていてなお。何故とも、何のためにとも問わない。否、理由はひとつで十分だった。『白ひげ』のため。兄弟のため。彼らが誇りのため。わかちがたいその理由のために、彼らはまるで遠出する子どものように嬉々として先の見えない渡し板へと足を踏み出す。
 
戦へ。
総力を賭けた戦争へ。
ただ一人のために。
 
 
 
そして、滅びた街の中。崩れかけた中でも比較的ましな建物のひとつに、白ひげ海賊団の臨時の幕営があった。かつては市民の集う場所であったのだろうか、ひときわ大きな建物も流れ込む物資と人と情報であふれかえっている。
今もひとり、男が息せきって駆け込んでくる。斥候の船を任されていた男だ。持ち帰った報せは吉か凶か。窺う視線が集中する間を抜けて、建物の奥、人払いされた部屋に辿りつく。
男は、己が知り得た情報で頭をいっぱいにしていた。敵の恐るべき規模をその目で見てきたのだ。それを一刻も早く伝える責任があった。手柄に逸る気持ちも、確かにあった。何の構えもなく部屋に踏み込んで、硬直した。
「…?!」
圧迫感に意識が遠のく。ただそこにある気配が、まるで物理的な力のように息が止まる。だらだらと脂汗が滲んで、知らず震える。近しい感情は、恐怖だ。
正面に白ひげ。左右に居並ぶのは十六人の隊長。
新世界最強の海賊。血よりも濃い、無私の絆を誇る『ファミリー』。
いつだって、どこか泰然としているのがこの海賊団で。どんなに手強い敵と対峙したときでも、同じく「最強」と並び称されるカイドウと全面戦争間際までいったときでもそれは変わらなかった。
それが、まるで発火寸前の、今にも彼ら自身が戦争を始めかねない殺気だった気配を放っている。直前まで何かを激しく言い争っていたことがわかる、刺々しい怒気と興奮の余波。
そして、今は、何かを待ち構えているような、異様な緊張。
中心にあるのは一番隊隊長マルコだ。若いながらも、実質この十六隊の隊長を束ねている白ひげ海賊団の筆頭。普段の眠たげな風情をかなぐり捨て、怒りと憤りを隠そうともしない。蒼白な顔が、必死に何かを耐えるように歪められ。そのくせ、言葉を使い果たしたかのように無言のままで立ち尽くす。その人の身から青い焔が立ち昇っているようで、男は朦朧とした意識のまま見惚れる。
一番隊隊長が手にしている酒瓶の意味を男も知っていた。この海賊団でよく見る光景だ。何か大きなこと始める時に、あるいは祝う時に、白ひげと十六人の隊長が一口ずつ口付けて隣に回す。ふざけたようにも真剣なようにも行われる名前のない儀式。
その瓶を砕かんばかりに握りしめ、マルコはゆっくりと彼を囲むひとりひとりを睨みつける。ぎりぎりとぶつかる視線は互いを射殺さんばかりに烈しい。いくつもの剥きだしの覇気がぶつかりあって無色の渦を巻く。誰ひとりその弾劾から目をそらす者はなく、誰も何ひとつ言い訳しない。
マルコが最後に食い入るように見上げた先は、白ひげ。一番隊隊長がその信頼と忠誠のすべてを捧げるただ一人の海賊。
その人を。睨み殺さんばかりの怒りと憤りと口惜しさと、それを上回る狂おしいほどの感情を。覇気を得る者なら誰でも、言葉にせずとも感応せざるを得ない強烈さをもって。
懇請する。
白ひげは、ただ、灰色の双眸をわずかに眇めただけだった。
長く思えた対峙は、時間にすればほんのわずかな間のことだった。立ち尽くしていた一番隊隊長の背が唐突にぐらりと揺れる。糸の切れた人形のように崩れ落ちるのを、白ひげの巨きな掌が支える。意識を失くした身体を横から伸びた腕が受け取って、軽々と背に担ぐ。そのまま部屋のさらに奥へと歩み去っていくのを、男はぼんやりと見遣る。図らずも一部始終を目撃してしまったことに気付いたのは、残る十五人の視線が一気に彼に向けられた時だった。
―――報告を。
そう、促されて、我に返る。何をしゃべっているかわからないまま、知り得たことをあまさず吐き出して、這う這うの体で退出する。口止めされる必要などなかった。彼はその光景を死ぬ瞬間まで口外などできるはずはなかった。
 
 
 
 
 
 
戦争の発端は、全世界に出回った一枚の手配書だった。
白ひげ海賊団の若き一番隊隊長。その新たな賞金額を告げる手配書。
その額よりも、初めて顕わになったその能力に。
戦闘中に撮られた、わずか一部だけ獣化したその姿に。
 
『不死鳥のマルコ』
 
かつて世界中の蒐集家を熱狂させたその鳥の行方。
それが、明らかになったことが、引鉄を引いた。
その中でも最も狂信的に望んだ天竜人のひとり。
かつて他者の所有物であったその鳥を得るために、その所領その所有者は元より、相続する可能性のある係累すべてを根絶やしにした、ひとりが。
己が持つ全ての地位と金と特権をもって動いた。
 
その鳥を生かして捕えた者に十億ベリーと世界貴族の地位を約束したのだ。




 
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