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錘 3



 
 
マルコという男は。
『世界最強の海賊団』の隊長なんかにはちっとも見えない男だ。化物じみた体格を持つものがごろごろいる中で、きちんと鍛えられた体躯はいたって普通だ。性格も、面倒くさがり屋で皮肉屋で、それでも海賊にすれば、穏やかで常識的だ。敵には容赦しないが、無暗と力を誇示することもない。能力の名こそはよく知られているが、総じて、偉大な『白ひげ』の陰で目立つことの少ない存在だ。
 
それでも、マルコという男は、この海賊団そのものだ。
 
 
 
「おれ、あんたに聞いてみたかったんだ」
 
炎と覇気で剣戟を交わしながらエースは答えない相手へ話しかける。正気を失った相手へ、届かないとわかっているから問いかける。
 
白ひげ海賊団の誇る一番隊隊長は、その目立たない外見と風評を裏切って、誰よりも強く、誰よりも有能だった。
船で起こったことなら何でも知っていたし、眠そうな瞼の下で、何もかもを注意深く見ていた。
陽気でお節介で意地が悪くて、鷹揚で大雑把で容赦がない。
千人を超える海賊団を実務面で仕切りながら、天気の良い日はメインマストのてっぺんで昼寝をした。
暢気な態度と鋭い気配を同時にまとって、ガキじみた悪戯と敵対者を壊滅させる手管を同時に練って。
最も希有な悪魔の実の能力と、他人を率いることのできる度量。一団を率いるに余りある力を持ちながら、鳥の姿で白ひげの肩にあるときが何よりも満足そうに見えた。
 
マルコという男はこの海賊団そのものだった。
 
「何であんたは『そう』なんだって、ずっと聞いてみたかったんだ」
 
組み打ちは何度もした。武器なし能力なし覇気なしハンデなしで一度も勝てたことがない。今、エースの能力は封じられていない。中距離を保って炎を繰りだせば、何度でも焼き尽くすことはできる。エースが力尽きるまで何度でも。エースは武器を持っていて、マルコは両腕は封じられて、エースはその心臓を首を急所と呼ばれる場所を貫くことができる何度でも。
それでも息の根を止めることはできない。彼を殺すことはできない。
床に押し倒して喉首に刃を突き立てる。尽きることを知らぬようにあふれ出てくる血の匂いに頭が眩む。振り払うように息を吐く。その隙を男は見逃さない。
エースの首に背後から脚が絡みつく。容赦のない力で引き倒されて叩きつけられる。そのまま男の膝の内側が喉仏を潰すように絞まる。もう片膝で側頭部を抑えられ、がっちり極められた形に焦る。炎に変わって逃れようとしても、覇気を纏った身体に触れる場所は変化できない。薬で増強された力は今にも首の骨をへし折りかねない。炎になれないまま首の骨が折れれば、さすがに死んでしまう。そしてあいにくエースは、一度死んでしまえば再生することはない。
 
エースは白ひげ海賊団に迎え入れられて初めて、本当に白ひげの体調が思わしくないことを知った。それでもこの海賊団は最強で、いつだって堂々としていた。いつだって、ここでの日々はびっくりするほど平穏だった。
戦闘があっても、トラブルがあっても、諍いがあっても。馬鹿騒ぎをしても、度の外れた騒動を起こしても鯨の懐の内で。
船が引っくり返るような異常な嵐にあっても、数倍する人数で襲撃を受けても。一国を左右するような陰謀に巻き込まれたときでも。
『白ひげ海賊団』の強さは予定調和で、その結束は絶対で。
白ひげが時折発作を起こすときも。白ひげの熱が何日も下がらず容体が落ち着かないときも。
誰もが穏やかで、誰もが陽気で、誰もがお節介で、誰もが馬鹿みたいに強かった。
誰もが、崩れかけようとするものをだましだまし決められた枠に収めようとしていた。必死に、悲愴に、屈託なく笑いながら。
 
マルコという男はこの海賊団そのもので。
 
凝集させた火力を至近距離で放つ。燃料も要らずただエースの血肉を糧に燃え続ける火炎を間断なく浴びせ続ける。肉を焼く匂い。首の骨を折られるより先に、拘束する脚の力が緩む。赤と青の炎の中でのたうち回る男にもう一度馬乗りになる。片手で圧し掛かるように肩から鎖骨を押さえて、暴れる身体を制御しながら、もう片方の手で小指ほどのアンプルの蓋を開けようとするがうまくいかない。薄いガラスの中に透明の液体が揺れる。このままではきっと戦闘中に壊れてしまう。エースは蓋をあけるのを諦めて、二本まとめて自分の口の中に放り込む。ガリッとガラスのアンプルを噛み砕いて、空いた手で男の顎を掴んで歯をこじ開ける。こぼれないように唇をあわせて破片ごと液体を流し込む。口の中がガラスの切先で傷つけられて炎になるのがわかる。マルコの咥内もガラスと血と炎と薬液でぐちゃぐちゃで、反射的に吐きだそうとするのを、指を突っ込んで無理矢理嚥下させる。上下する喉仏に魅入られる。薄く開いた唇の端から溢れた薬液を親指で拭って、男の歯茎の裏になすりつける。
口の中に残ったガラス片を床に吐きだして、それでもざらつく唾液を血とともに飲み込む。男の血。
 
「あんたは、何で、…何で何もかも諦めんだよ」
 
腕の下でマルコの上半身が痙攣する。喉が鳴り嘔吐する気配に咄嗟に圧迫を解く。対抗剤自体は口内でほとんど粘膜吸収されているはずだった。仰のいていた身体をくの字に曲げ、マルコがわずかばかりの胃液と破片を吐く。けふけふと咳きこんで、不自由な腕を揺する。
薄い瞼の下から覗いた眼差しが、重そうに、いっそ眠そうにエースを捕える。
 
「………おまえ…」
 
わずかばかりの均衡。ささやかな拮抗。
 
「…おまえには、みっともねぇとこなんざ見せたくねぇのに…」
 
馬鹿じゃねぇの、と。おとうとを、叱るときみたいに口をついて。それを見たマルコが口の端をあげる。ぼろぼろでよれよれでみっともないのに、大人の余裕みたいに、笑った
 
 
互いの炎が消えてしまえば、房の中は闇の中だった。持ち込んだランプは消えていて、血と獣脂の燻ぶった匂いの中で、マルコの荒れた呼吸と咳きこむ音がやがて落ち着いた間隔に変わるのを聞く。いつまで続くかわからない静穏に二人で息を潜める。
マルコの腕の縛めは解かなかった。よくよく見れば、鉄鎖は絡んでいるだけでなく、先端の、銛の先のような形をした錘がマルコの両掌を重ねて貫いている。貫通した返しの部分に鎖を引っ掛けて絡めてある。これでは容易に抜けることはない。残酷な処置だと思う。それでもマルコが両手を獣化して解かなかったのはこのおかげだ。クスリと同じだ。まわりは、いくらでも再生できる。でも刺さった楔はいつまでも残り続ける。自ら肉を裂いて抜け出さない限り。何度再生しても。
生身を貫く痛みは常人と変わりはないはずなのに。
「…痛くねぇのか」
「…慣れた」
素気なく返されて反射的にムッとする。
「嘘つけ」
掌を貫通した鎖を、予告なく強めにノックする。予想していなかったのだろう、マルコがぎっと潰れた苦鳴をあげる。
「ほら見ろ痛ェんだろ」
「…てめぇ…後で覚えてろよい」
「覚えてなんかいられるかよ。あんたの悲鳴なんざ聞きあきた」
「…てめぇが下手クソすぎて痛ェんだよ」
あからさまに挑発すれば、わざとらしい流し目と巫戯けた軽口が返る。この期に及んでやせ我慢する男に無性に腹がたつ。
「どうせあんたは痛い方が好きなんだろ」
毒が効かないといったのも、痛みがあると言ったのもこの男なのに。嘘をつかないくせに、本当のことも何一つ言わない。
「……何も、自分から飲む必要なんかねぇのに」
毒だと知らしめたいなら、隣の王弟とやらに強いれば良かっただけなのに。もっと簡単で利口なやり方がいくらでもあったはずなのに。
「……」
ふっと男の気配が和らぐのを感じる。億劫そうに身を起こす。エースの助けを視線だけで拒絶して、代わりに壁にもたれたエースの肩に肩をぶつける。
「……飲みたかったんだよい」
エースをつっかい棒に壁際に座りこんで、ずるずると崩れる。エースの肩に頭を預けてマルコは吐息のように呟く。
「代われるモンなら、何だって代わりてぇ」
「あんたはそれで満足なのかもしれないけど!」
オヤジの代わりに毒を呷って、それで満足なのかもしれないけれど。
思わず声を荒げれば、揺れた肩が傷に響くのか、マルコが眉間をきつく歪める。
「……悪ィ」
「…別に」
「……、それに…」
謝らなければいけないことはもうひとつある。迷いながら、ようやく考えに至ったことを確認しようと切り出す。
「あのクスリ、…」
エースが推測を口にする前に、あっさりとマルコが遮った。
「…オヤジの心臓の薬になる。……あれからしか、精製されねぇ」
「なんで…っ!最初から言ってくれねぇんだよ!!」
「最初っから医薬品だって言ってただろい」
大声だすな、気分が悪ィんだ。たしなめられてぐっと黙る。肩にかかる重みは本当に苦しそうで、熱と脂汗と荒い息で湿っている。その息が少し震える。
「……嘘だよい。おまえさんには知られたくなかった」
「なんで」
「『弟』にはいつだって見栄をはりたいモンさ」
「オヤジのためなんだろ?!」
「一緒だよい」
「一緒じゃねぇよ!何で何も教えてくれねぇんだよ!おれは…っ」
あんたに海賊なんざ辞めちまえとすら思ったのに。
男の眇めた眼差しがエースを見て、逸れる。くっと吹き出す。
「おまえさんなら、自業自得だとでも言うと思ってたよい」
「……あんたは馬鹿だ。自業自得だ」
口惜しくて、ご期待どおりの悪態をつけば、マルコは喉を震わせて笑う。好きなだけ笑って、そのままため息のように告げる。
「もういい。潮時だった。ここからは手を引く。・・・おまえの言う通りだ。モビーにヤク運ばせるなんざ忍びねぇ」
「……でも、」
「それに、もう、そんなにたくさんはいらねぇよい」
ぎくりと肩が強張る。それは、白ひげの一番近くにいる男が吐くには、あまりに険呑な言葉だ。誰もが決して口にしない。この男こそが、誰もが口にすることを許さない。
ぞっとするほど酷く重い諦観。
「マルコ」
「……、あぁ、…拙ィな…もう、箍が外れて来やがった…」
言葉とともに、エースに触れたマルコの肩が震えだす。毒はまだ切れない。対抗剤で抑えているだけだ。対抗剤の効果が切れれば、人の意志などまた容易く呑みこまれる。抗えない天災のように。酷薄な運命のように。
「……エース。ここから離れろ…つっても聞きゃあしねぇんだろうねい」
「当たり前だ」
「なら、しくじるんじゃねぇよい…」
吐く息が乱れる。エースから身を離して、耐えるように床に丸まる。
「あんた、…あんまり、何でもかんでも慣れんなよ」

薬を捌くことにも、マルコが死なないことにも、オヤジの先が長くないことにも。

この海賊団は穏やかで。誰もが陽気でお節介で。誰もが強くて意地悪で。
皮肉で。聡くて。温かで。辛辣で、世話好きで、強くて。強くて。強くて。
誰もが既に慣れていた。慣れて、馴れて、熟れて、当たり前の悲劇のように。
いつか来る衝撃をあらかじめ飼い馴らすように。
少しずつ毒を飲んでその身を慣らしておくように。
 
「…あんた、あんまり死ぬことに慣れんなよ」
 
いつか来る、いつか必ず天秤の片方に載る、その衝撃に耐えられるように。
ありとあらゆる「美徳」を逆側に積み上げて。陽気に、不作法に、海賊らしく、無造作に、無鉄砲に。ありとあらゆる悪党の理想を。豪気で、仲間思いで、恐れを知らず、明日を省みず、ただ、愚かしく今を楽しむ。まるで模範的な海賊のように。
 
馬鹿らしく。
毒の杯を呷って。
 
誇り、献身、忠誠、無私、―――― 自ら進んで汚名を被って。
すべてを注ぎこむ。愚かに。偽善みたいに。綺麗ごとのように。気紛れのように。演じているのかと思うほどに。「世界最強の海賊団」という伝説を天秤の左に乗せる。
いつか天秤の右に乗る、あまりに重い現実に釣りあうように。
いつか、必ず来る、白ひげの「死」に釣りあうように。
致死の毒を乗せても、ぎりぎり釣りあうように。
それでも、白ひげの愛したこの海賊団が生き残るように。
そのためだけに、何度でもこの鳥は死に、そして再生するのだろう。
 
「…おれは、死なねぇよい」
 
エースにはわかる。直観のように確信できる。誰よりも白ひげに心酔するこの男が、誰よりも白ひげの居る未来を信じていない。死に見放されたこの男こそが、最も死に囚われている。
この男の余裕めいて浮かべる笑みが嫌いだった。本能的に感じる反発の、その理由がわからなかった。今ならきっとわかる。きっと、余裕の裏の諦観を、自信の裏の焦慮を、皮肉の裏の絶望を、漠然と嗅ぎつけていた。
 
「…なんでおまえが泣いてんだよい」
「泣いてねぇ………」
 
マルコは苦痛を隠さない。隠さないまま薄く微笑う。呼吸が途切れる。脂汗が伝っている。瞳孔が揺れる。まだ軽口を叩く。
 
「…エース、せっかくハンデをくれてやってんだ。次はどうやって殺ってくれンだい?」
 
獣の気配が濃くなる。呼び起こされる獣性と力への衝動が男を蚕食していく。
 
「なァ油断するなよい。…殺しちまう」
 
エースは決して有利ではない。この男の操る覇気はロギアを捕え、エースは一度死ねば再生することはない。この男は何度殺しても死なないが、エースは一度殺せば事足りる。体力勝負となればさらに不利だ。
 
「あんたを殺し続けることが必要なら。おれが一番うまくやれる」
 
それでも、その禍々しい変化に昂揚する。死力を尽くす舞踏に歓喜する。どこまでも足掻く姿に陶然とする。それが例え狂気だとしても。
いつか、この男の天秤の左に、他の何かを乗せてやろう、ふとそう思う。「最強の海賊団」という美しい諦観以外に。死ぬ理由を。死なない理由を。もっと重くて、もっと痛い。致死の毒と釣りあうくらいに、甘く甘く甘い名を持つ毒を。いつか。必ず。
 
「だから、あんたは簡単に死んでくれるなよ」
 
必ず。



 




*

 
 
 
 
 
約束した時間からさらに二時間を経て、事後の始末をあらかた終えた十六番隊隊長と四番隊隊長が第六層十三番房を覗き込むと、暗がりの床に二つの固まりが折り重なって倒れていて、さしもの四番隊隊長も、すわ相討ちかと足元が崩れる絶望と恐怖に襲われた………とのたまうサッチの言葉は当然誰ひとりとして信じてはもらえなかった。
 
倒れた固まりのうち一つが、人の気配に反応する。うつぶせのまま、もごもごとくぐもった声をもらす。
「……二時間で交替よこすって言ったくせに……」
「忙しくて手が回らなかったンだよ」
口汚い罵りを聞き流して、イゾウは内心だけで胸をなでおろす。
「オヤジがぶち切れて暴れまわるから抑えんのが厄介で」
「…そっちかよ」
エースが血まみれの体を漸う引きあげる。
下敷きにしていた一番隊隊長は完全に昏倒していて目を覚ます気配もない。極度の消耗と薬の効果が低減したのだろう、糸が切れたように崩れ落ちたのを見届けて、エースの意識も暗転したのだった。
「よく凌いだな」
「こえーよこの人、足だけでナイフ振り回すとか信じらんねー…」
得物を奪われて覇気付きの切先が首を薙いだ時には本当に死んだかと思った。
深手はないはずだが、全身が痛くて気を抜けば倒れそうになる。骨の一本や二本はきっと折れているのだろう。
サッチがマルコの縛めを解いているのを横目で眺めて、悠然と煙管をくゆらすイゾウを見返す。
「外は」
「とりあえず全部叩き潰した。うちがここに関わることは、今後一切ない」
「……うん」
「満足かい?おまえさんの望みどおりだ」
「……マルコから聞いた」
「へぇ?…ずいぶん仲良くなったみたいじゃねぇか」
「うん、この人、馬鹿だよな」
「なんだ、わかっちまったのか」
ハハッと声をあげてイゾウは笑う。意地の悪い目がエースを流し見て、これは言っちゃいなかっただろう?と眉を吊り上げる。
「ここのシマを奪ったとき、こいつが何て理屈をつけたか知ってるか?うちが一番上手く仕切れるからってンだ。うちが手を引けば、ここの馬鹿共は好きな量を好きな値で売る。ジャンキーと戦争狂が馬鹿みたいに増える。うちが仕切るのが一番マシだってな。そんなもんほっときゃあいいのに」
咄嗟に返す言葉が見つからないエースに、したりと笑む。
「オヤジのためなんだ。それを言い訳にしてりゃいい。なのにこいつはいちいち悩みやがる。考えすぎもバカの仲間だってのに聞きゃしねぇ」
吐き捨てる。馬鹿なんだ、いつまでも割り切りやしねぇ、と。
明かされた情報をすぐには消化しきれないエースの耳に、あけすけに罵る声音は裏腹に柔らかだった。本人には絶対に聞かせない声音だろうとわかった。
「おまえさんのこともほっときゃいい。それなのに格好つけようとしてこのザマだ」
悪しざまに言われているのはマルコの方なのに、まるでエースの方が責められているようで。癇に障って、わかってんなら止めろよと毒づけば、鼻で哂われた。
「誇りが縛るのさァ」
イゾウは。気付いているのだろうかと思い、気付かないはずがないと思う。イゾウだけではない、サッチも、他の隊長も、白ひげも。気付いている。でも止めようがない。誰もが同じ不安を抱えている。誰もが家族の嘆きに共振する。そうやってこの海賊団は強固な絆を築いている。誰もが気付いていて、誰もが壊せない。
「おまえさんなら、この石頭をカチ割ってくれるかねェ」
ふぅっと吐き出された煙の行方を追っていたら、目の前にどさりと人の固まりが放り出される。鎖を解かれたマルコはまだ目覚めていない。楔を抜かれた掌の穴が青い焔を纏わせて、消えた時には無惨な傷も消えている。何もなかったかのように。
「おら、ヤブ医者んとこ連れてけ」
「…おれも怪我人だろ」
「手間が省けていいじゃねぇか」
にやにやと笑うサッチに、イゾウが先刻の会話など忘れたように愉しそうに便乗する。
不承不承担ぎあげれば、案の定肋骨が痛んだ。再生する男よりは、よっぽどエースの方が満身創痍である。
「毒にも中るし、貫通しちまったら抜けねェし、痛ぇらしいし、不死鳥ってけっこう不便だよな…」
「全くだ。途中で落とすなよ。歳食うと傷の治りが遅いんだ」
「……コレにそれが関係あんのかよ」
「たりめぇだ。不死鳥でも治せねぇ傷はいくらでもある」
サッチはいつでも本気と冗談の境目がつかない。それはマルコもそうで、イゾウもそうで、白ひげですら、そうだ。そうして、そういう時は大概本当のことを言っている、ということをエースはもう知っている。
「…治せねぇのか」
「治らんね。オイシャサマデモクサツノユデモってヤツだ」
「何それ?まじないか?どうすりゃいいんだ」
「知らね。怪我させた奴が責任とんのが道理だろう」
ああ、とエースは思い出す。この男の天秤を壊してやろうと思ったのだった。この男の頭を『カチ割って』やろうと。この男を縛る鎖を。傷つかないふりをする欺瞞を。暴いて糾弾して否定して、徹底的に傷付けて。
 
それは確かにひとつの道理だった。
 
「ああ…、そりゃ確かにそうだ…」
ひとまず、目を覚ましたマルコにどう責任をとってもらおうかとエースは思案する。
 




 
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