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錘 2




 
かつてエースはマルコに聞いたことがある。知り合って間もない頃だ。不死鳥の能力について不躾に問うた。その時に言っていた、不死鳥に毒は効かない。
だからそうと知って呷ったのだろう。敵の意気を挫き力を見せつけるために。それは成功したはずだ。しかし、その後のマルコの様子はおかしかった。再生したはず身体に毒が効いていたように見えた。初めて聞く苦悶の声。鉄鎖で縛りあげられていたのはなぜか。
――――この国の"特産品"。
ドラッグとしてのそれは、強烈な万能感と悪夢のような常習性をもたらす最悪のシロモノ。
そして、過剰摂取すれば、即死をもたらすほどの劇薬。
そしてもう一つの特性。
海賊、ギャング、あるいは軍で、極秘裏に重宝される理由。
かつてエースはその「効果」を見たことがある。どこかの国の泥沼の内戦。
戦場用に調整されたそれは、"豪水"と呼ばれる。死ぬまでのつかの間、誰にでも巨人のごとき力と蛮勇を与え、狂奔の末、やがては人格も命も奪う薬として。
 
ならば、死なない身に、その薬は何をもたらすのか。
 
 
 
モビー・ディックでは既に戦いの用意が始まっていた。報告は雷より速く伝わり、裏切り者に報復を行うべく、本船副船ともに戦端を開くのを待ち構えている。留守居を任されていたイゾウが、息を切らして帰船したエースに顎をしゃくって促す。
「マルコは」
「第六層十三番房」
捕虜を収容するための一室。何故と問う前に答えが与えられる。
「エース、ジルは腕と肋を二本やられた」
殺されるな、サッチはあのとき確かにそう言った。揶揄でも冗談でもなく本気の忠告として。
「今も二人がかりで抑えている」
ならばエースの推測は正しいのか。マルコが白ひげの代わりに服んだのは、あの劇薬なのか。
振り返りもせず足早に歩くイゾウの背は問いを拒絶しているように見える。それでも問わずにはいられない。
「・・・不死鳥は、毒は効かねぇんじゃないのか」
「誰から聞いた」
「本人」
「・・・ふうん」
少し遠くを見るように「ならそいつは半分だ」イゾウは鼻をならす。
「効かないんじゃない。効いて、死ぬ。死んで、生き返る。生き返れば、効く」
致死の毒を身の内にためらいもなく容れて。
「・・・死に続けるんだ。毒の効果が切れるまで、何度でも」
 
 
中毒死は、いくつか種類があるのだとイゾウは短い道行で素っ気なく教えてくれた。そしていずれも、毒そのものが持ち主を直接殺すことは少ないのだと。
特に麻薬などで代表される薬は、肉体ではなく神経に作用する。肉体を動かす神経の、麻痺や過剰な反応によって呼吸や心拍が停止するといった、云わば副次的な理由によって死は訪れる。誰だって、意図して心臓を動かしているわけではないから、心臓を動かす筋肉が麻痺したとしても、制御を取り戻す術もない。
毒が殺すのではない。毒が引き起こす現象が結果として持ち主を死に至らしめるのだ。
『不死鳥』の能力は。傷ならば、それを癒すことはできる。死ならば、それをなかったものにできる。
しかし、毒を、人間が便宜的に『毒』と名付けた、一定の反応を引き起こす物質を排除することはない。人ひとり、廃人とできるほどの物質でも。ただひたすらその毒が不活性になるのを待つしかない。
(・・・狂気は治るのだろうかと、かつて聞いたことがある)
不死鳥は何を『正気』として、どこまで再生するのだろう。
その問いに、応えてくれるものなどいるはずはなかった。
 
 
船の最下層へ近い場所。普段は掃除以外の出入りなどほとんどない、かびくさくじめついた暗闇の先。頑丈な鉄格子の並ぶ一角の、その一番奥に、虜囚は、太い鉄鎖で後ろ手に縛られ転がっていた。
わずかなランプは四隅まで照らし出すには足らない。
自ら発光する青だけがその姿を浮き上がらせ、他の色を深く沈める。
羽根と人と鎖の塊。
それが身悶えのたうちもがく。
黒い鎖と白い貌と赤黒い血の染みと。
かはりと吐かれる蒼い息。内側を。再生している証左。
毒に侵された内臓を。毒を呑んだまま癒していく再生された喉からこぼれる途切れ途切れの咆哮。いっとき巨人のごとき力を与えて、その後は狂った獣のようになって死ぬ。それがこのクスリだ。
呼ぶこともできずエースはただ言葉を失う。
十五番と十二番隊隊長が監視するように檻の前に居て、十六番隊隊長を迎えて緊張をわずかに解く。
「状況は?」
「対抗剤は打った。そん時三人蹴飛ばされて戦闘不能」
「意識は?」
「錯乱が続いている・・・対抗剤を打ってから、二度ほど正気に戻ったが、すぐに呑みこまれた」
「ふうん」
苦々しく頷く十六番隊隊長を、十五番隊隊長が責めるように見る。
「イゾウ、エースをどうするつもりだ」
「どう、とは?」
「そりゃあ・・・」言い淀む。
「じきに報復が始まる。あんたら二人をここに張りつけておくわけにはいかない。ロギアならうってつけだ」
「それはそうかもしれんが…」
「…何だよ?」
思わず隊長同士の会話に口を挟む。十五番隊隊長は押し黙り、十六番隊隊長は口の端だけ引きあげる。
「エース。この毒の持続時間は『不明』だ。何故なら飲んだ奴は普通数分で死んじまうからだ。つまり、マルコのこの状態がどれほど続くかわからねぇということだ。不死鳥の覇気使いの隊長殿に、巨人並みの力が出るって触れこみのヤクをキめられたまま暴れられたらモビーが壊れる」
「・・・・・・」
しばし絶句したエースに念を押す。
「あいつを止めろ」
イゾウの指示に従えとサッチが言ったのはこれのことだったのか。
「しかし・・・」
尚も言い募ろうとした十五番隊隊長を十二番隊隊長が遮った。
「だって、こいつあれを捌くのにケチつけたんだろ?この機に乗じてマルコ殺すかもしんないぜ?」
少年じみた容姿と裏腹にあっけらかんと容赦のない不信をつきつけられる。
「おれは…ッ」
反射で叫んで、不意に何を言えばいいのかわからなくなる。楯ついたのは本当だ。でもここまで着いてきてしまったのは、そんな理由じゃない。マルコの遣り口に不満を持ったのは本当だ。海賊らしからぬ振る舞いに反感を抱いたのも嘘じゃない。でも、あのとき追わなければならないと焦ったのは、そんな理由からじゃない。
ならば何故かと問われれば思考が止る。
「…どうやら議論している場合じゃないらしい」
固まった空気を断ち切る。イゾウの親指の示す先で、伏した人影がゆるりと頭をもたげる。苦悶の声は消えている。
「あんたらは戻れ。交替だ。ここに何人もいても仕様がねぇ」
二人が渋々と頷き立ち去っていく。それにわずかも目を向けず、十六番隊長は檻の中から視線を外さない。
男は、上半身を起こし、檻の外に立つ人間にむかって身じろぐ。後ろ手に絡む鎖がごつりと重そうにきしむ。
「マルコ」
イゾウが呼ぶ。声は響かない。男は答えない。青い焔はなりをひそめている。わずかなランプの明かりの元でうつむいた表情は見えない。
正気、ではないと。目を見ずともわかる。声を聞かずともわかる。濃い血の臭気。床に流れる、男自身の血。その中に膝を浸して。
ぐっと肩が盛り上がった。こうべを垂れ、膝で立つ姿勢はまるで飛び立つ寸前の鳥のようで。たわめた力を解放しようとする。両腕を戒める鎖に抗う。
空気が圧される。負荷に震える。がっと男が叫んだ。苦痛ではない咆哮に力がこもる。
みしみしと、鋼の鎖が嫌な音を立てる。
「・・・あれが、千切れるのか・・・?」
「覇気も使ってるからなぁ。長くは保たねぇ」
常ならば、人間の力など受け付けるはずもない、精錬された鋼の固まりが悲鳴をあげている。戒められた両腕が内側からの力に異様な捩じれを見せる。鉄鎖より先に、両腕がいかれるのではないかと危ぶむほどに。
正気を失っているはずなのに。愉しそうに殺意がのる視線を向けられて心臓が冷える。
「止めろ」
「っどうやって!」
「どうもこうも」
イゾウが抜き手も見せず銃を撃ち放つ。四つの銃声がひとつのように重なって響く。心臓に二発、眉間に二発を受けて、痙攣しながら再び崩れ落ちる。その傷口から炎が拡がっていく。再生が一拍遅れるのは、イゾウの弾丸もまた覇気を帯びているからだ。
「殺せ」
躊躇なく告げる。
「放っておいてもある程度経てば薬が殺す、が、暴れられたら厄介だ」
弾丸を装填しなおし撃つ。両肩と、両膝に一発ずつ。
「動きを止めろ。封じ込め続けるしかない」
肩と膝を貫かれその瞬間だけ傷ついても、覆う炎がなかったことにしてゆく。
「…っ」
「自壊が始まれば少しは時間が稼げる」
銃声が連続する。二挺目の銃を左手に抜いて、順番に片手で装填しながら間断なく撃ち続ける。鳥は正気を失ったまま傷つき、再生し、再び傷付けられる。それでも縛めを解こうと抗い、やがて鎖の輪がひとつ弾けとぶ。鳥の哄笑とイゾウの舌打ち。
数度の再装填を経て、鉛の弾を喰らい続けたマルコが、全く別の苦悶を顕わにする。喉をかきむしり、吐血する。四肢がばらばらに引き攣り、喉が声ならぬ声をあげる。パーティー会場で見せた、断末魔の痙攣。"豪水"を摂取した者の無惨な最期そのままに。
今、目の前で彼はもう一度死んだのだと。なすすべもないエースたちの目の前で。
毒は神経を賦活し肉体以上の力を強いることで内側から壊していく。脳を騙し、制限を外しても肉体が限界を迎える。限界を迎えた肉体を悪魔が再生する。何度でも。何度でも。狂うばかりの力を与える。だからこそ悪魔と呼ばれるのだ。
やがて再生の炎がおさまれば、彼はまたゆるりと立ち上がろうとする。破壊の衝動に導かれるまま。それは不死鳥と言うよりは、まるで哀れな生ける屍のようだ。
悪魔の実と、悪魔の薬が拮抗する。繰り返し、繰り返し、彼を殺しながら。
 
―――痛みを感じると、彼は言ってはいなかったか。
 
「エース、ためらうな」
「っ、けど」
「これぐらいじゃあ、あいつは死なない」
「・・・っだからって!!」
すぐに尽きる銃弾より、ロギアであるエースの方が向きなのは道理だ。攻撃を避ける手段のない人間より、炎であるエースの方が向きなのは道理だ。
「殺すしかねぇのか?!」
「むしろ殺す気でやらねぇと死ぬぞ」
何度でも鎖を引き千切ろうとする男の頭を吹き飛ばして、イゾウの弾が切れる。手持ちの予備を使いきってしまったのだ。舌打ちした男の前で、着弾の衝撃でのけぞって、炎を噴き上げた頭がふと。
―――ふと。
揺れる天秤が一瞬だけ平衡を保つかのように。
「…………エー……ス?」
「マルコ!!」
正気に戻ったのかと問う前に、その眼が凶暴に染まる。半ば再生した片頬が犬歯をむき出しにして獰猛に唸り、次の瞬間にはそれがほどける。苦痛に耐えるように歪む。
「おい!マルコ!わかるのか?!マルコ、こっちを見ろ!!」
イゾウが冷静さをかなぐり捨てて呼ぶ。
「ここはモビーだ!状況はわかるか?」
再生の炎のちらつく中で、マルコの蒼い目が正気なのか狂気なのかは判然としがたい。戒められた両腕を力ずくで振りほどこうとする仕草は狂気のものの如く、しかし、喘いだ喉が焦燥に満ちて叫んだ。
「なんで・・・!」
限界まで瞠られた目は間違えようもなくエースを捉えていた。
「・・・なんでテメェがここにいる・・・!!」
「マルコ!」
「イゾウ!馬鹿野郎ッ!・・・こいつを、早く、どこか連れていけ・・・!」
喘鳴の間に吐きだされた言葉は手酷い拒絶だった
。少しでも正気に返った途端、何故ここにいるかと。
エース自身でさえわけがわからない状況をあらためて叩きつけられて、憤りだけで怒鳴り返す。
「あんたふざけんな!何で…おれが…っ!!」
頭に血が昇る。異常な状況に曝され続けた脳みそが沸騰する。継ぐべき言葉が見つからず、相応する感情を考えかけて、やめる。
ただ。いつも泰然と眠そうに、憎いほどに余裕に満ちていたくせに。嫌味な程似合っていたシャツはぼろぼろに泥に塗れて、血で斑に汚れた面は苦痛と焦慮を浮かべるだけで皮肉な笑みひとつない。毒と知った杯を、送り返しも弾劾もしないで、ただ水のように飲み干して見せた。あれほど誇り高い人が。鎖をかけられて地に伏して、獣のように正気をなくして。
「イゾウ…!駄目だッ、抑えきれねぇんだ!早く…っ行け!!」
そのくせ、いつだってエースの意志の前に立ちはだかる。
 
「…ッ殺しちまうから、逃げろ…!」
 
言葉の半ばで薬のもたらす狂気の中に呑みこまれていく。焦慮にとって代わって残虐に淀む眼差しがエースを映す。鎖の輪がまたひとつ弾け飛び、男自身の肩がごきりと折れる音が同時に響き、瞬く間に炎に呑まれる。
(いつだってあんたはこの船の、この海賊団そのもののように呑気に悠然と何もかもそれで正しいみたいにしていたくせに。何一つ変わることはなく、何一つ失われることはなく、誰ひとり死ぬことなく、まるでそれがいつまでも続くみたいに。そんなことが、あるはずもないのに)
「…ならっ!あんたはおれのまえで死にそうになるんじゃねぇよ!!」
命令は聞いていなかった。
唇を噛む。炎と化した身体で鉄格子をすり抜ける。
「エース!接近戦は不利だ!」
イゾウの忠告の前に、マルコが自由になる脚で宙を薙ぐ。蹴撃が鎌鼬となって襲う。エースが唯人なら切り裂かれていただろうし、マルコが唯人なら、エースはその攻撃をすり抜けさせることができただろう。
どちらもそうでなかったから、咄嗟に事前に炎にした胴体を崩しながら、覇気付きの斬撃を通過させる。形をもたない刃が現象と化したはずの身体の「端」をわずかに灼いていく。
連続して放たれるそれをかわして腰の後ろかからナイフを抜く。
飛び込んだマルコの懐の真ん中に、肩からぶつかるように切先をねじこむ。後ろ手で縛められ、防ぎようもない攻撃に男はびくりと身をのけ反らせる。
湾曲した刃先が過たず心臓をとらえたのを確かに感じる、勢いのまま壁まで叩きつける。エースの頭の上でがふりとくぐもった音がして、生温かい液体がどっと顔に降りかかる。心臓とともに傷付けた肺から流れた血が気管を逆流して唇から零れおちる。赤く染まった口元が笑みのかたちにつり上がるときには、傷口からあふれた熱のない焔がエースの手にまとわりついて踊っている。
常人なら、ここで怖気づいて刃を引くのだろうか。血に飢えた凄愴な笑みを、口づけを交わすほどの近さで見上げて、エースは柄を握った手首を返す。ナイフの先の手ごたえはない。溢れた血は確かにエースの額を汚して戻らないのに、そこに心臓はない。
ゼロ距離で放たれる膝蹴りを炎で受ける。すり抜けさせることができなくて、蹴り飛ばされる。男が焼かれた皮膚に舌打ちする。青い幻を纏って衣服ごと再生するのが場違いのように滑稽だった。
「エース!」
背後から険しい制止に、マルコへの意識を途切れさせないまま後ずさる。被った血を腕で拭いながら肩越しに答える。
「邪魔すんなよ」
「何の真似だ」
怒りに満ちた詰問は、おそらくメラメラの実の能力を使わないことだろう。それを使えば、中距離から離れて攻撃ができる。その方が、リスクは少ない。つまり、エースのリスクを考えてくれていることに、少しだけ可笑しくなる。
しかし、イゾウは誤解している。エースの能力は対象を「即死」させる攻撃はほとんどできない。苦しめずに殺すということができない。ただでさえ人の体は簡単には燃えない。人脂だけで焼く焼死は、緩慢で最も苦しむ死に方のひとつだ。
「イゾウ、おれ、苦しませずに殺すのって苦手なんだよ」
それで理解したらしい十六番隊隊長は、ひとつ苦々しげに首を振った。今更人選ミスを悔やんでも遅い。おもむろに袖口から取り出したアンプルをエースに押し付ける。
「何」
「対抗薬。少しは緩和させることができるはずだ。本当は多量摂取はまずいんだが、…今更死にやしまい。飲ませろ」
「…無茶言うなよ」
「死にたくなけりゃ言うことを聞け。二時間で交替を寄こす。殺されるなよ」
「…逆じゃねぇのかよ」
思わず言い返せば、女顔の十六番隊隊長はひどく凶暴に鼻で嗤った。
「ああ、せいぜい苦しませずに殺してやってくれ」




 
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