不死ってさ、
傷が治るのはわかるんだけど。
首を締めても死なないの?
毒を飲んでも?病気になっても?
飢えても?乾いても?凍っても?
眠らなくても?歳をとっても?
死なないの?
物騒なことを言うよいと、呆れて返す。
白ひげ海賊団に恭順の意を示したばかりの新入りが、初めて加わった戦闘の後に、つまり初めて己の能力を知った直後にこんなことを言い出せばだれだって面食らう。
殺してぇのかい?とからかえば、至極まともに違ぇよと返ってくる。
「だって、どこからあんたに助けが必要なのがわからねぇと、いざってとき動き損ねる」
意表をつかれて、浮かべていた薄笑いが消えた。それをどうとったのか、きまり悪そうにそっぽを向く。
「答えたくなきゃ別にいい」
直前の図々しさが嘘のように、ぽつんと呟く。
「生意気言って悪かった」
そのまま、踵を返して立ち去ろうとするのを慌てて呼び止めた。
「エース、馬鹿待て、早合点すんなよい」
言葉だけじゃ立ち止まらない後ろ姿を、追いかけて腕で捕まえる。
「エース、悪かった」
「あんたが謝る理由はない。おれが増長していただけだ」
せっかく開きかけていた扉が急速に閉じていくのを見るようで、内心焦って言いつのる
「そうじゃない。悪かった。おれがおまえをみくびっていた。おまえが一船の船長だって知ってたが、…なんだ、まあ、若いし、ありていに言ってそこまで考えてるとは思わなかったよい」
周囲の人間の能力を把握するのは、上に立つ者としては当然のことだ。ただそれは必然仲間の弱点を知って、それをフォローできる力がある者だけができることでもある。己が身を守ってなお、他人の身を守れる人間はそうは多くはない。
だが炎の能力者であるこの少年は、誰かを庇うことのできる、その多くはない人間のひとりではあるわけだ。そしてさらに己さえその庇護の範囲にカウントしてくれるらしい。
「そりゃあんた凄ぇみたいだし、そんなヘマしないかもしれないけど。
ただ、一緒に動く人間のことぐらい知っとかないと、おれが不安なんだ」
つまり心配してくれたわけで。仲間の範疇に入れてもらえたわけだ。それは確かに新人が一隊長に抱く心もちとしては不遜ともとれるだろうが、つい先日までの敵意を思えばずいぶんな歩み寄りだ。むしろ面映ゆいような心もちすらする。
「この前の敵襲で、あんたが囲まれて、フォローに行こうとしたら、あんたのところはいらないって言われて。あの時は確かにそうだろうけど、もしかしたら、敵の刃に毒が塗ってあるかもしれない。そういう時、おれは知らずあんたを見殺しにしてしまうかもしれない。それが怖い。でもあんたもおれなんかに能力の弱みとか、知られたくないだろうし
まったくみくびられかねないのは己の方だった。家族に弱みを知られたくないなど、そんな狭量だと思われたら、それは白ひげの船の隊長の沽券にかかわるというものだった。
「馬鹿いうな。ひとりで戦える人間なんざいねぇよい。おれも、おまえも、オヤジだってそうだ。いつかおまえに命を助けられるかもしれねぇ。おまえがそう思ってくれるのを疎ましく思う人間はここにはいねぇよい」
「そうかな」
「そうさ。そこは疑ってくれるなよい。ただ吃驚しただけだよい」
「驚かせた?」
「最初から順序だてて聞いてくれりゃよかったんだよい。いきなり死ぬのなんだのから入る奴がいるか」
「そんなもん?」
「そんなもんだよい」
「うん。悪い。本当は、聞いてみたかったのがいちばん最初だ」
必要だと思うのは嘘じゃないけど。あっさりと、それまでの流れを全部ひっくり返してエースが笑った。笑って、すとんと真顔に戻る。ふいと、指差す。それは正確に先日の戦闘で己が身体を幅広のカトラスが突き抜けたあたりだった。他の船員を串刺すはずだった刃を身で止めて、それを契機として己が身は青い炎を吹き上げた。
「…痛いの?」
「ヒトのときは痛ぇよい」
「頭とかふっとばされたら?」
「トリになれば痛みを感じる前に再生しちまう」
「人だったら」
「痛いだろうな」
「でも死なないのか」
「死なないだろうな。即死する前に発動する」
「首を絞めても?」
「多分、飯も空気も水も生きるだけなら究極的にはいらねぇよい」
「毒は?」
「消える。ウイルス系の病気も治ったことがあるな」
「じゃぁ風邪ひかねぇんだ」
「サボる口実がなくなるからそれは内緒にしといてくれよい」
「ハハ」
「眠らなくても死なねぇが機嫌はすこぶる悪くなる。海軍大将の青雉は天敵だ。当たることになったら代わってくれ」
「うん」
「歳はふつうにとってきた。悪魔の実が代替わりしてんだから、老衰で死んだ奴もいるかもしれん。だが何十年も先の話だからおまえさんには関係ねぇ。…これで答えになってるか」
「うん。…ありがとう。おれがあんたを助けられることってあんまりなさそう」
「海に落ちたらおまえも死んじまうからな」
今度こそ屈託なく笑って、エースが「邪魔してすんません」と律義に暇乞いを告げる。知るだけ知ったら本当に満足したらしい。少し話し疲れたような気分で見送る。考えてみれば、この歳若い弟とこんなに話をしたのは初めてではなかったか。
その弟は、扉を出ようとして、ふと忘れ物のように振りむく。
「マルコ」
「何だい」
「病気じゃなくて、壊れたら?」
「?」
「気が狂っても治るのかな?」
「………」
「治らなくても死なないのかな。狂い果てて、何もわかんなくなっても死なないのかな」
「エース」
「うん」
「おれがトリのままヒトの心をなくしたら、家族が止めてくれる」
「…うん」
「おれの弱点を知るおまえらが、おれの息の根を止めてくれるよい」
PR