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矛盾1(白ひげ海賊団)

 

 
 
その島は何の変哲もない無人島のようだった。偵察からもどってきた小隊は、川があること、生えている植物も特に変わったものではないことを報告で寄こした。そこは彼らが未だ訪れたことのない海域であり、どれだけ普通に見えても、グランドラインに存在するすべてのものが、油断のならない不思議に満ちていることは誰もが承知していた。が、しかし昨夜の激しい嵐を乗り越えた後でもあって、休息と補給が必要だということもわかっていた。
そしてこの海賊団なら対処できると誰もが信じていた。
 
 
「マルコ、どうした」
一番隊隊長のわずかな異変に気付いたのは、この船の船長たる白ひげ本人だった。甲板は上陸の準備を整えるクルーで溢れ、船長の傍らでその采配をしていたマルコは、唐突にかけられた声に、思わず頭上を振り仰いだ。
「オヤジ?何がだよい?」
「気付いてねぇのか?」
すぐ横を荷物を持って歩いていたエースが、その会話を聞いて足を止める。
「オヤジ、マルコ、何?どしたの?」
「エース気付かねぇか?こいつの調子がよくねぇ」
「へ?」
「え!?」
間抜けな声をあげたのがマルコで、叫んだのがエースだった。
「マルコ!熱か?!熱でもあんのか!バッカっそーいうことは言えよっ!仕事なんかしてんじゃねーよ!」
「いや、ちょっと待てエース!オヤジ!別に体調なんざ悪くねぇよい」
「嘘つけ!オヤジの言うことが間違ってるわけねーだろ!」
「いや、そりゃそうだがちょっと待てよい」
今にも医務室に担ぎこみかねない勢いのエースを抑えて、マルコは困惑して白ひげを見返す。
「体調が悪くないのは本当だよい。むしろ寝起きがよかったのか身体はいつもより軽い感じがする。ただ、オヤジがそういうなら、おれは何かおかしなことをしてるのか?」
「……いや」
珍しく言い淀んで、白ひげは己が息子を見下ろす。世にも稀な不死鳥の能力を宿した男は、いつもと同じように眠そうな眼差しで、先ほど感じた揺らぎはもう感じられない。それでもどこかしら違和感を覚えて、その正体を見極めようとしたが、感じたはずの直観は波のように引いていく。少し息を吐いた。老いたことを思い知るのはこういうときだ。
「いや…、気のせいかもしれん。おまえが、何もないならそれでいい」
「気のせいだとは思わねぇよい。…気をつけるよい」
「あァ。…そうだな」
それまでやりとりをじっと聞いていたエースが、ふっと肩の力を抜く。その場の空気を払うようにことさら明るい声で笑った。
「確かに今日マルコなんか朝から元気だもんな。いっつも眠そーなのに。だから逆に心配されんじゃねーの」
「おまえは毎日うるせぇよい。たまにはおとなしくしてみろい」
「マルコどーせ心配してくれねぇだろ」
「当たり前だ。馬鹿は丈夫だと相場が決まってるよい」
「ひでぇ!」
悪態をつきながら仕事に戻るエースを見送って、周囲への指示を再開する。慣れた手筈で準備を進めながら、頭を占めるのは白ひげの言葉だった。この海で何十年と生き残っているのだ。白ひげの勘も観察眼も気のせいということはあり得ない。とはいえ、マルコ自身正直不調はまったく感じていない。むしろ言った通り身体は軽く、気分は昂揚している。夜っぴて嵐をこえ、わずかに眠っただけだから、そのままテンションが続いているような気分だった。目前の島に早く上陸したいという、むしろエースのような願望に可笑しくなる。まるでこのまま鳥に変化してひと羽ばたきに島をめぐってしまいたいような。
「マルコ、着いたぞ」
夢想を断ち切られて、声をかけてきたサッチを振り向く。少しぼんやりしていたらしい。既に島は視界いっぱいに迫り、モビー・ディック号は海岸から少し離れた停泊ポイントに予定通り優雅に停止しつつある。未知の島への抑えきれない興奮がそこかしこから伝わってきて、己がおかしいのではないと思いなおす。
「錨を降ろせ!上陸だ!!」
応じてあがる歓声に、一時覚えた不安を忘れた。
 
 
 
 
「匂いが」
本船から降ろした小舟で海岸に上陸する。今回の当番は一番隊で、六人の小隊が五つ、三十人が上陸する。その一人として陸地に降り立ったマルコは、着いた途端、風にまぎれて流れてきた仄かな香りに眉をひそめた。
「何か変な匂いがしねぇか?」
「匂い?」
隊員のひとりが鼻をうごめかして首をひねる。
「別に気になるような匂いはしねぇぞ?どんな匂いだ」
「…何だろうな。獣みたいな、花みたいな…」
他の隊員も同じようにしてみて、同じように首をひねった。
「わかんねぇな」
「誰か鼻が利くやついたっけか」
「ガスでも湧いてたらシャレになんねぇけどな」
未知の島だ。何があるのかわからない。誰もマルコの言葉を軽んじることはなかったが、匂いに関しては一様に感じないようだった。
「どっちの方からだ?」
「島の…奥だな」
「あんたの勘ではどっちだ。やべぇほうか」
「…害があるって感じはしねぇよい」
むしろ、と内心だけで呟く。惹かれる、気がする。悪臭とも芳香とも判断がつかない香りに身の内がざわつく。
「食肉花の話なら聞いたことがあるがなぁ」
「嗅ぎとれるのがおれだけなのが解せぇねぇ」
「能力者限定か」
「エースでも連れてくるか。船に連絡しとけ」
「おれはひとっ飛び周りを見てくるよい」
「隊長、能力者に関わるかもしれねぇなら単独行はやめとけって」
「……。あァ、それもそうだな」
珍しく部下に諌められて、素直に首肯する。気持ちが逸っているのがわかる。少しおかしいかとようやく自覚する。だがそれが何に繋がるのかわからない。勘は鈍くないはずなんだがなァとひとりごちて焦りをごまかすように息を吐いた。
 
本船と連絡をつけ、もう一隻の小舟を海岸まで寄こさせる。よっと身軽に舟から飛び降りた能力者代表のエースと。
「なんでてめぇまで着いてきてる」
「あ、おれ、鼻担当な」
確かに鼻のいい奴を一人という話をしていたが。二番隊と四番隊と、隊長が隊を置いてきてどうしろというのか。先刻とは別の意味でため息をつく。
「まあいい。とっとと本題だ。サッチ、エース、わかるかい?」
サッチの鼻が良いのは職業柄本当のことで、ふんふんとおどけた仕草で周囲を嗅ぐ男の目は鋭い。
「……いんや。水や動物の匂いは普通にするがな。おまえの言うような特徴的な匂いはねぇなァ」
「エースもか」
「そだな。別に変な気はしねぇ」
「…わかったよい。鳥の嗅覚にだけ反応する匂いなんてもんがあるのかもしれねぇしな…」
信じていない声でそう言って、がりがりと首を掻く。匂いは、今もしていた。風によって強くなったり弱くなったりはあるが、甘いようなムッとするような、平静ではいられない匂い。
「迷っていても埒があかねぇな。毒じゃねぇみたいだし、とりあえず適当なとこまで探ってくるよい」
「おれらもついていこっかなー」
「馬鹿ぬかせ。隊を放り出す気かよい。でんでん虫を持っていく。異常があったらすぐに報告するよい」
指示待ちになっていた上陸部隊に、警戒度をあげての移動を許可する。その先頭に立ちながら、マルコは上陸前にかけられた白ひげの言葉を思いだしていた。例えば、この身体がざわめくような匂いが風に乗って、意識できないほどに薄まって船まで届いていたのかもしれない。今日の朝から意識がはっきりしているのも、もしかしてそのせいだったとしたら、彼の"父親"の指摘はまさに正しかったわけだ。だからこそ、気をつけると返した言葉を胸に留めた。
 
 
 
「…マルコ大丈夫かな」
用が終わって置いていかれたエースが手持無沙汰に呟く。
「んーまあ平気じゃね。たかだか匂いだろ」
「そうかな」
「不死鳥の発情中の同族でもいるってんなら話は俄然盛り上がるけどよ」
それは確かにグランドラインなら幻の鳥が生息していることもあり得るかもしれないけれど。あんまりサッチに危機感がないものだから、エースも緊張を削がれる。うーんと伸びをする。
「……。船戻るか」
「んにゃ。おれはもうちょい居るよ」
伸ばした動作のまま止めて、エースはサッチを振り向く。
「なんで?」
「……おれねー予感って絶対当たんないの」
「?」
「嫌な予感がすんなーってときは、すんげぇ宝みつけたり。モテモテな予感がするときに限ってマルコに横からかっさわられたり」
「…うん。それで」
「どーせたいしたことじゃねぇだろうなーって予感がすんだよね」
「………それはつまり何かあるってことか?」
「さあねー。いやーどうせしょうもねぇオチだろうなーって気はすんだけどねー」
「……当たらないんだろ?」
「当たらねぇんだよなー。どーすっかなー」
「…おれも、もうちょっと居るよ」
「なぁ、マルコがすっげぇ美人の不死鳥連れてきたらどうするよ」
「…。心から祝福する」
 
 
 
 
 
二十人の屈強な男たちを引き連れて、マルコは川沿いに山途を昇っていく。気候は春島の雨季、植物もその気候帯とさほど違わない。無人島といいながらも、人の踏み言った形跡がわずかに残っている。あいにく前人未到ではなく、航海者が補給に寄ったりするのだろう。食用となる実や薬草をチェックしながら、島の中心、匂いの強くなる方向へ進んでいく。道なき道を一時間ほど歩けば、匂いはますます強くなり、マルコの変化は周囲にもあきらかなほどになってきた。動悸が苦しく、頭に靄がかかったようにはっきりしない。意図しないまま指先が幻の炎に変わり、それを抑えつければ、頬のあたりでざわつく羽の感触がする。
「おい、マルコ、もう引き返した方がいいんじゃねぇか」
「そうだぜ、やっぱり悪魔の実になんか関係があるんだよ。このまま進むのはまずいって」
「……」
わかっている。わかっているが、足が止まらない。引き寄せられる。まずいとわかっているのに警鐘がならない。本能はむしろ進めと命じる。この源を知らない限りは引き返せない、と。
「マルコ…」
「……そうだな」
焼けつくような焦りを無理やり、自制する。歩調を緩める。自分の本能より、親父の言葉を思い出す。世界最強の海賊が、気をつけろと警告したのだ。
「休憩をとって、海岸に引き返す。広域の調査は他の人間にさせるよい」
己に言い聞かせるように、そう言って。伝う脂汗を拭う。
「まったく…。何だってんだい」
もう、進むつもりはなかった。ただ二十人からの人間が休めるような、ちょうど良い場所がないかと、ふらつく頭で思っただけで。緩めた歩調で惰性のように歩きながら、視界を覆う枝を払った。
 
目の前が突然開けた。
踏み出した足が崖の端に乗り息を呑む。
開けた空の下。視界を埋め尽くす真っ黒な波。
それが無数の花弁だと認識する前に強烈な香りが押し寄せる。
極上の芳香にも反吐を吐きそうな腐臭ともとれるそれを吸いこんだ瞬間、身体が内側から膨張し爆発した。そうとしか感じられなかった。
四肢が引き裂かれる激甚な衝撃に絶叫する。
極彩色の苦痛が意識を呑みこむ前に巨大な炎の翼となる己の腕を垣間見た。
それが最後だった。
 
 
 
 
 
その存在の発生を、場にいなかった全ての人間も感じた。大気が沸き立つ。異様で巨大な気配に木々が慄く。鳥が一斉に飛び立ち逃げ惑う。
「なんだ?!」
そのとき海岸には残された一番隊の隊員十人と、二人の隊長。ただならぬ気配に反射的に戦闘態勢をとる。気配は一番隊の向かったまさにその方向からで、エースはぞっとする。何かがあったのだ。間違いなく。彼らに。サッチも滅多に見せない険しい表情で彼方を睨んでいる。
ふいに、見つめる遥か先で、青い光が煌めいた。自然界のものではないその光は、間違えようもなく。
「マルコ!」
「マルコ隊長!」
隊員が安堵したように呼ぶのを聞いて、エースもわずかに胸をなで降ろす。とは言え、そもそもマルコが不死鳥にならざるを得ない事態がおこったということの方が問題である。まだ点でしかない青い光はまっすぐこちらに向かって来る。長い尾羽がきらきらと光を発している。
「…他の皆、置いてきてるな」
「ん」
警戒を緩めないままのサッチが軽くうなずく。そのとき、電伝虫が緊張した空気を裂いて鳴り響き、慌てて一人が受話器をとった。誰何する間もなく、電伝虫が切迫した叫びをあげる。
「誰か…!!助けてくれ!!…隊長が!!!」
それは、マルコが引き連れていった仲間の絶叫だった。気を取られたエースの腕をサッチが引く。
「サッチ!!」
「エース、見ろ」
指差した、その方向に。
まっすぐに飛来する高速の光。遥か先に見えていたそれが、既に間近まで迫っている。瞬く間に残りの距離を埋めてくるのを呆然と見つめる。信じられない速度だった。そして、それよりも。
「マルコ…?」
見慣れた青だった。美しい流線型をふちどる羽とも炎をもつかない幻の青。この世にふたつとあるはずのない。ましてその胸元には不死鳥になっても消えない白ひげの誇り。だから間違えようもないのだけれど。
「何だよあれ!!」
その大きさが違った。体長だけで五メートル。尾羽も含めればもっと長い。翼を広げた大きさは十五メートルにもなろうか。普段の三倍近い巨大さだ。太陽を遮ってエースたちの頭上を旋回する。人の頭でさえ呑みこんでしまえそうな嘴が開き、甲高い威嚇の叫びをあげる。それは人間のものではなく、ましてや理性のカケラもなかった。ただひたすらに純粋な怒りの雄叫び。
「サッチ!何だよあれ!本当にマルコなのか?!」
「…ひっさしぶりに見たなぁ」
「!知ってんのか?!」
「ありゃ、ゾオン系の覚醒体ってやつだ」
「覚醒体…?」
「来るぞ、エース。全員退避!!」
言葉のとおり、巨鳥は一声威嚇すると、ホバリングから一転急降下を始めた。一瞬で海岸すれすれまで舞い降りた巨大な翼がばさりと羽ばたき突風を巻き起こす、その衝撃が波となってその場に居る者を襲う。
そんな攻撃を予測できず。まともに受けた何人かが吹っ飛んだ。堪えた人間もあまりの圧力に声もない。
急降下から一転流れるような滑空に移り、その鎌のような鉤爪で次々に隊員を引っ掛けていく。悲鳴と怒声があがる。手持ちの武器で防いだ者、防ぎきれず倒れる者、まさか不死鳥に――マルコに襲われるとは信じられず、とっさとは言え反撃できる者もいない。
「受けるなエース!覇気使ってくるぞ!!」
炎に変わって初撃をやり過ごそうとしていたエースはぎくりとする。瞬時に火力を噴き上げて襲い来る鉤爪に放つ。横に飛んで凶暴な一撃をかわした。炎は丸太のような脚を灼き、すぐに青い炎にとって代わる。鳥はそのまま最後に四番隊長を襲い、上昇に転じた。つばの無い刀で攻撃を流したサッチが、転がったエースに場違いなくらいのんびりと歩み寄る。
「大丈夫~?」
「平気だ。っくそ!覚醒って、何だよ」
「何かはしらねぇが、ぶっちゃけ、今のあいつは敵ってことだ。至極厄介な、な」
鳥はまた高みに昇り、巨体で悠々と旋回している。エースの攻撃も、サッチが流しついでに叩きこんだ二撃ほどの斬撃も再生されて跡形もない。
「マルコの意識は、ない?」
「ないだろうなぁ襲ってくるんだし。あーこりゃうまく立ち回らねぇと死人がでるなァ」
防ぎきれなかった数名は幸いなことに死んでもいないし、致命傷でもないようだった。もっとも、自分たちの隊長に襲われて幸いも何もないだろうが。呆然と空を見上げているのを、サッチが面倒くさそうに叱咤する。
「すぐに次がくんぞ!!怪我人を庇え!お前らの隊長は錯乱中だ!ボケっとしてると殺されんぞ!!」
言う間にも、旋回の高度を下げた鳥に、誰もが恐慌寸前の恐怖の色を浮かべる。無理もない。白ひげの一番隊隊長に―――味方にとってはこの上もなく心強く、敵にとっては悪魔のような存在に、問答無用で襲いかかられるとしたら。
 
「エース、悪ぃが引きつけてやってくれ。ついでにちっとこんがり焼いて驚かせてやれ」
「…焼いてもすぐ元通りだぜ?」
「いいんだよ。体力削って時間を稼げ」
「策があるのか?」
「んにゃ。まあ本船の方で何か考えるだろ」
沖に停泊しているモビー・ディックも既に騒ぎには気付いている。甲板を走り回る人影がうかがえるが、連絡はまだとれていない。無責任な四番隊隊長はいつものことだけれど、思わずため息をつけば、にんまりと人の悪い笑みを返される。
「一度無制限でマルコと勝負したいって言ってたじゃねぇか」
「言ったけど!」
この巨体にスピード。覇気と再生能力。おまけに上空に逃げられれば攻撃の術はない。
広域の技も発動できるが、この島を吹っ飛ばして、消し炭にしても不死鳥ならば炎の中から再生するのではないか。海に落とすのが一番良いのだろうが、その方策が見つからない。
「迷ってる暇ァねぇぞ」
「…了解」
走り出す。空中で狙いを定めた鳥。降下を始めれば到達までは一瞬だ。先手必勝。
「"火拳"!!」
急降下する巨鳥を正面から炎で迎え撃つ。中空で攻撃を受けると思っていなかったのか、急停止した羽を劫火が包み、火勢そのままに弾き飛ばす。巨大な体躯を緋と蒼の炎が混ざりあい、羽ばたきとともに蒼い輝きが圧する。間髪いれずエースは両手に炎を宿す。
「"炎戒"」
ぐるりと炎の渦をつくる。
「"火柱"!」
頭上から襲い来る獰猛な爪を垂直に噴き上がる炎で止める。燃やすことよりも、火で足止めして、火勢で吹き飛ばす方が効果がありそうだ。炎の鳥といってもゾオン系だから実体がある。下手に再生させるより、時間稼ぎにはなる。上空からの攻撃は速度は驚異的だが、やはり鳥ゆえかワンパターンになりがちだ。マルコの意識があるならこうはいかないだろう。さらに動物である限り、火を恐れないものはいない。倒す決定打はないにしろ、時間稼ぎは十分にできそうだ、そう思った。その考えが油断を招くとも知らず。
 
エースが鳥を迎え撃っている間、サッチは怪我人を森に逃げ込ませていた。あの巨体では木々の密集する森の中では飛翔できない。エースが力を解放すれば周囲にも被害が及ぶし、ましてや一番隊隊長に自分の部下を殺させるわけにはいかない。そうなればあの男がどれほど懊悩することか。
さらに、エースの健闘を祈りながら電伝虫で本船と連絡をとる。親父本人に短い会話で状況を報告し手短に作戦を練る。白ひげの太い声が何となく愉しそうに「何年ぶりだ」と聞くものだから、「二十年くらいじゃねぇの」と適当に答える。どうせ向こうもわかっているのだ。さすがにこの船でも知っているのはサッチとジョズとあと数人ぐらいになってしまったが。
「サッチ」
通話を切ろうとして呼び止められる。少し間を置いて、白ひげの声が穏やかに言った。
「逃がしてやるなよ」
「当たり前だ」
本当に怖いのは。正体を失ったあの鳥が、家族も何もかも置いて、このまま飛び去ってしまうことだ。翼あるものにはそれができる。鳥になってしまったのならそれができる。時折ふらりと姿を消すそのままに、帰ってこないことがいつでもできるのだと。きっとエースは気付かないだろうが。
 
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